4月29日に白井市郷土資料館に行ってきたので、その感想。
千葉県北総部に位置する白井市の郷土資料館で、白井市文化センターの3Fにある。
白井市内にあるそろばんの博物館に行く予定で、そこに行く前にこの資料館に立ち寄ってみた。
最寄り駅の白井駅は北総線が『ウマ娘 プリティーダービー』とコラボ中なので駅看板や階段壁面にもウマ娘のキャラが描かれたり、等身大パネルも設置されていた。
郷土資料館の前にもメジロマックイーンのパネルもあったり、資料館内にも日本各地でのウマ娘のコラボグッズが展示されていてウマ娘推しが強く感じられた。
常設展では白井のあゆみと称して旧石器時代〜現代までの白井の歴史を解説。
旧石器時代は房総にあった内湾の古鬼怒湾に手賀沼を介して隣接したことから、シャコガイの化石も出土している。
律令制時代は印波・埴生・相馬の三郡に分かれ、鎌倉時代には当初は千葉氏の所領だったが、後に執権北条氏の分家である金沢氏が領主となっている。
金沢氏は執権身内の立場だったことで橋にかかる負担を領民に強いると、良い統治ではなかったと思われる表記だった。
非公開の妙見菩薩を3Dモデル化したレプリカもあって、ハイテクを活用している事例だった。
戦国時代は千葉氏家臣の原氏や高城氏が台頭し、白井市内に残る小森城の写真や想像図も展示されている。
江戸時代は旗本領となり、利根川東遷事業で白井は利根川の水が流れ込む水害を受ける場所となってしまい、利根川の改修事業で全ての地域が必ずしも恩恵を受けれる訳ではなかったようだ。
展示されている古文書は市民学芸スタッフが補修したもので、郷土資料館の事業に一般市民も参加している一例だった。
白井とその周囲は江戸時代、幕府が設立した馬の放牧地の小金牧に属する印西牧で、展示されている文化財『印西牧場之真景図』は印西牧での野生馬捕獲の様子を描いた屏風絵。一部欠落があったが発見された下絵を元にパソコンも利用して復元されたもの。
絵を描いたのは印西の絵師、腰川芳齊で、椿椿山の門人である。
江戸時代の白井には渡辺崋山が訪れたこともあり、崋山が描いた『四州真景図』の「釜原」は白井富士の源内山を描いている。
崋山の門人が椿山で、椿山の門人が腰川芳齊なのも繋がりを感じる。
幕末は物価高騰で領主だった旗本も困窮化して村々から金銭を集め、その書簡も展示されていた。どの時代も物価高騰は世知辛いな。
幕末の動乱は白井にも影響を及ぼし、冨塚村の川上次郎左衛門は天狗党の乱の鎮圧軍に炊き出しとして駆り出されたこともあった。彼が戦場から持ち帰ったとされる砲弾も展示されていた。
明治時代は白井も下総県の一部となるが、名前を葛飾県、佐倉県と変遷があった後に木更津県と合併して千葉県となっている。
明治時代に牧も廃止となり、失業した武士の救済対策で牧の開墾が行われるも、思うようにはいかず明治5年に廃止となっている。
牧自体は廃止されるも白井市内には騎手を育成する競馬学校もあり、馬とは縁があってその繋がりでウマ娘のコラボにも繋がったのだろうな。
白井名物の梨は1905年に栽培が始まり、当初は永年作物だったのもあり広まらなかったが、戦後の農地解放で栽培が増えて昭和30年は畑の面積が20haだったのに対し、昭和45年はその10倍と増加しているのがわかる。
民俗関係のコーナーでは弓神事オビシャで使われた弓矢や辻切の道具も展示されていた。
小展示「戦争の記憶ーある兵士の足跡ー」は日中戦争に出征した白井出身の故・渋谷信由の出征から戦死、村での葬儀が行われるまでの記録を解説している。
軍事郵便では大人宛ての手紙はびっしりと書かれているのに対し、義理の弟には読み易い表現になっていて、子供に対する気遣いも伺える。
戦時死亡通知は一人の人間が戦死すると一枚の紙でその死を知らされると思うと、戦争の虚しさが感じられる。
当時は村を挙げての葬式が行われたが、太平洋戦争では徐々に簡素化していったと書かれ、余裕がなくなっていったのだろうな。
小展示ではもう一つ「小川瓦木昭和20年代の作品」と、白井出身の書家が書いた作品も展示されていた。
「白井の先駆者」は白井にゆかりのある人物紹介の展示パネルで、川上右仲は牧を管理していた牧士の一人。佐倉藩の特産品とされる佐倉炭は佐倉のブランド品ではあるも、川上右仲が創始者である。
養蚕家の川上英太郎、農民運動に関わった石橋源四郎が紹介されていた他に、井上政重の名前があったのも意外だった。井上政重は高岡藩の大名で、白井の平塚地区は高岡藩領だったので、白井とも縁があった。
井上政重はキリシタンの取り締まりに関わった人物だが、オランダ商館が日本の慣習に倣って付け届けを行った際も受け取らなかったり、医学書翻訳のために儒学者に西洋医学を学ばせているので、清廉かつ先見を持った人物だったようだ。
白井市の歴史を一通り学べる展示内容で、市民学芸員のように一般市民が郷土資料の保全に関わるのも珍しい取り組みを行っている資料館だった。
白井の歴史を学んだあとはそろばん博物館へ向かうのであった。
ログインしてコメントを確認・投稿する