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2025年12月24日17:41

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2009年12月24日の日記  用心棒がいなくなった国

「男というのは怠け者なのだ」。
東南アジアの男を見ているとつくづくそう思う。
男は、本来戦いのための道具だったのかも知れない。
他の集団と争った時の戦力であり
戦時にしか役に立たなく、
平時は特に何もすることはなくて
単なる用心棒に過ぎなかったのかも知れない。
狩猟民族ならば男は狩の道具になるが
農耕民族ならば男の出番は少ない。
稲作で生きてきたアジアの民において
男は本来怠け者であったと考えられる。

私の祖父は戦前地主だった。
叔母の話によるとどうしようもない怠け者だったそうだ。
ある日、召集令状が来て出兵する前に
町で一番大きい池で水泳の訓練をさせられた若者が、溺死する事故があった。
その日、祖父は消防団の頭で訓練の統括責任者であるにも関わらず
熱海に旅行に行き、芸者と遊び呆けていたそうだ。
電報で事故を知り血相を変え戻ったらしい。
何でも祖父はビリヤードや映画、演劇が好きでほとんど毎日通いつめていた、という。
仕事が大嫌いだったようだ。
太平洋戦争が始まっても、長女(私の母)を連れて
名古屋までカレーライスを食べに出掛けていたそうだ。
もしかすると、兵役に就くことを予測し、思い出作りのために出掛けたのかも知れない。
そんな祖父も遂に運が尽き、士官になることになって
戦艦大和の機銃員として出撃し、米軍機の機銃掃射によって絶命する。

昔は私の祖父のような道楽好きは珍しくなかった。
ろくに仕事もせずプラプラ遊んで暮らしている男なんてそこら中にいたのだ。
日本でもそうだったのである。
東南アジアでは米を年に2度3度収穫することができ、食べ物は豊富にある。
川に罠を仕掛けておけば、大きな淡水魚や蟹、亀などがたくさん獲れるし
果物は山のようにあり、砂糖がなくても果物が甘味料になって料理に使える。
男が怠け者になる環境が整っている。
だから怠け者でない男を探す方が骨が折れる。

日本は明治に入り狩猟民族の西洋文明の波が押し寄せて来て
様変わりしてしまったのである。
男が怠け者でいることが悪になり
狩猟に出て獲物を捕ってくることが善とされたのである。
だから戦争は善であったのだ。
戦争が終わっても、男は怠け者ではいられなくなった。
狩猟民族のアメリカ人に占領され、会社で金を稼ぐことが善となったからだ。

男は用心棒だったはずだが
今の役割は金を稼ぐ道具なのである。
そして用心棒は用無しだといわれる。
用心棒のいない国はいずれどこかの国に乗っ取られるかも知れない。
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