こんにちは、様々なスーパーで焼き芋が販売されるようになり「石焼芋」を販売する車両を見かけなくなった石井伸之です。
本日は青柳若葉会で毎年恒例の芋掘りを行い、お昼過ぎには国立北口町会による秋の賑わい市に向かい、午後1時45分からは中央大学学術講演会に参加しました。
午前9時30分より青柳2丁目にある会員の畑に集合して、芋掘りに向けた準備を行います。
まずは、縦横無尽に畑を覆っている葉っぱと茎を取り除き、子どもたちが芋掘りをし易いように準備します。
そして、取り除いた茎と葉を裁断機に掛けて、畑に撒いて事前準備は完了です。
午前11時となり、子どもたちが集合する頃になって、チラホラと雨が降ってきましたが、何とか本降りとはならず持ちこたえてくれました。
今回は「紅はるか」と「栗かぐや」という二種類の芋を植えたところ、「紅はるか」に比べて「栗かぐや」の収量が約1.5倍になっており、その違いに驚きました。
小雨にも関わらず、第六小学校子ども会を始めとするお子さんと保護者に集まっていただき有り難い限りです。
北口町会における秋の賑わい市に伺った後に、午後1時45分からは中央大学学術研究会に参加しました。
演題はラーメンと人類史について阿部先生よりご講演いただきました。
まずは、ラーメン(スープ麺)から歴史を見る観点から、中国における麺類の起源を探ります。
中国の唐から宋の時代にスープ麺の基礎が生まれました。
ラーメンを構成する要素はスープ、麺(製粉技術)、丼(製陶技術)、箸となっています。
さて、日本における麺とは何かと言えば、ラーメン、うどん、蕎麦、焼きそば、パスタがあります。
日本では穀物の粉を練って細長く伸ばして茹でるのが通説です。
しかし、麺の原義は、麦へんで麺とは麦の細かくして粒が視認出来ないものとなり、小麦粉の事を言うそうです。
小麦粉の使った食べ物を中国は全て麺という、細長く無くとも麺となります。
麺を包むと書いてパンになります。
中国は細い麺を啜る事はありません。
大きな違いとして中国は麺に味がついており、日本はスープに味がついています。
中国人にとって日本のラーメンは奇妙な存在とのことです。
中国の麺には焼く、蒸す、揚げる、茹でるという食べ方があります。
小麦粉は西アジアから広がり、米は紀元前8千年、麦は紀元前3千年に伝わりました。
粒のまま食べる粒食としてのお米と粉にして食べる粉食の小麦に分かれます。
小麦は潰す前に皮を取り除くことが難しいので、先に皮ごと潰して粉から皮を取り除く形が便利であり、小麦粉の食べ方のバリエーションが遣唐使の時代から一気に増えました。
遊牧民の文化とユーラシア東方文化が融合した結果とのことです。
唐の時代のスナックが出土し、そこには生地を細長くして焼き揚げると美味しいことが分かります。
大量生産が必要となり、水車で石臼を回して大量に小麦粉を製粉しました。
また、8世紀の終わりから徴税法が変わり、麦は初夏に税を取り、米は秋に税を取るそうです。
宋の時代に陶磁器の生産が増えるようになり、器が大量に出回ることとなります。
安藤百福氏が「人類は麺類」と、言われたように、この一言から麺に含まれる文化の複合性が分かります。
日本の持つ麺と中国の麺に対する認識が違う事を理解することが大切
ラーメンを食べる時にこういった背景があることを大切にしたいと思います。
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