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旧約聖書に出てくるアダムとイブは、全人類の産みの親との言い伝えがある。進化人類学の観点からも、あながち間違ってはいない。DNAの解析技術の発達により、我々人類の系譜を辿れるようになった。今回真実について迫る。
以下旧約聖書に出てくる都市「ソドム」に関する関連日記
� �2023年10月)29日はハンターズムーン、過去に文明に危害を及ぼした天体衝突事件 原子力発電のメカニズム、セシウム137について NASAの小惑星回避プログラム
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986226573&owner_id=32437106
以下 高校科学
�◆�2023年7月29日付 夏の花火大会 金属の炎色反応から花火の仕組みを説明する
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1985590832&owner_id=32437106
目次
第1章 初期人類 猿人や原人
第2章 ホモ・サピエンスの「多地域進化説」について
第3章 DNAの仕組みを解説
第4章 DNA解明の立役者ロザリンド・フランクリンの功績
第5章 ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の共通点を見出す
第1章 初期人類 猿人や原人
我々ヒトは、700万年前にチンパンジーから枝分かれしたことがわかっている。道具を作り、狩りをすることで、群れの結束力がますます強くなり、脳の巨大化に繋がった。我々ヒトの祖先は、アフリカ大陸に起源を持つ。230万年前に生息していたアウストラロピテクス(猿人)は、アフリカ内にとどまっていた。発掘された化石から、腰は前かがみで、指先は長い。道具を使っていたかはっきり分からず、チンパンジーに近い種類だったといわれている。
150万年前に、アウストラロピテクスを経て、ホモ・エルガステルから進化したホモ・エレクトス(原人)は、アフリカを離れる決断を下した。現在のエジプトからイスラエルへたどり着き、北上を遂げ、ペルシャを経由し、中国方面や東南アジアにたどり着いた。初期の人類で最も名の知れた北京原人、ジャワ原人は、およそ170万年前にアフリカに暮らしていた一団から分岐したのである。
古くから人類学において、ヨーロッパ人、西アジアのアラブ人、東アジアの人種を含め、進化の道筋についてはっきりしなかった。アフリカを離れたホモ・エレクトスが、西アジアや東南アジアにて、それぞれの地で進化したとの説、いわゆる「多地域進化説」について検証された。
写真 掲載元 縄文と古代文明を探求しよう!2022年3月18日付
http://web.joumon.jp.net/blog/2022/03/4864.html
ホモ・エレクトスのDNAは、現代の中国人やインドネシア人に受け継がれていない。絶滅の原因は今でも謎に包まれている。旧人の絶滅時期と入れ替わるように、新たに2種類の人種が生まれた。25万年前にヨーロッパや西アジアを中心に繁栄したネアンデルタール人が、20万年前には現生人類ホモ・サピエンスがいよいよ登場した。2種の人類はお互い接触する機会もなく、長い年月を過ごした。
歴史の教科書にも出てくる最初のヨーロッパ人に当るクロマニョン人は、ヨーロッパに移り住んだ原人が、旧人と段階を経て、新人になったことを意味している。多地域進化説によると、現代の人類の起源は祖先のホモ・エレクトゥスが誕生した170万年前までさかのぼる。ヨーロッパ人とアジア人の共通の祖先もアフリカを出た頃の数十万年前に相当する。最新の研究では、多地域進化説は否定されている。近年有力視されている「アフリカ単一起源説」に基づくと、現在のヨーロッパ人は、7万5000年から8万5000年前にアフリカを出た一団から、分かれたといわれている。アフリカから出発した一団は、西アジアでいったん落ち着き、西と東にそれぞれ異なる方向に進んだ。西へ向った一団は、ボスボラス海峡を越えて、ヨーロッパ大陸に足を踏み入れた。その時期は推定4万年前である。一方、東へ向った一団は、アジア人の祖先である。
第2章 ホモ・サピエンスの「多地域進化説」について
近年、科学技術が急速に進歩し、DNA解析レベルが上がり、多地域進化説に異論を唱える科学者が優勢になった。科学者は、人間の細胞の中に含まれる母親から子供にのみ受け継がれるDNAの解読に成功した。このDNAはミトコンドリアと名づけられた。母親から子供にのみDNAが受け継がれ、世代を重ねると突然変異を起こす。突然変異を起こした人物のDNAを辿ると、全人類の家計図を描くことが出来るようになる。このミトコンドリアDNAを世界各国のさまざまな民族から採取すると、必ず20万年前にアフリカにいたひとりの女性に行き着いた。旧約聖書に基づいて、研究者は全人類の産みの母親を「イブ」と名づけた。
ミトコンドリアDNAの結果により、学者達は1997年に新たに「アフリカ単一起源説」を発表した。単一起源説によると、現生人類ホモ・サピエンスは、原人や旧人との直接の交わりわなない。アフリカの大地溝帯に住んでいたイブから誕生した子供が、世代を重ねて大陸内で拡散し、やがて他大陸にまで進出したのである。
さて、アダムとイブがどこに実在したのか、ティグリス川とユーフラテスの間、すなわち初期文明が発祥した「メソポタミア」と呼ばれる地域だった可能性がある。もっともその場所までは正確に特定はできない。メソポタミア文明は、アダムとイブが生きた時代よりもはるか後である。液体の水に恵まれ、自生した植物を食べ、獲物を狩りしていた暮らしを想像できる。
第3章 DNAの仕組みを解説
近年DNA関連の研究において、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の繋がりが見えてきた。2002年のノーベル生理学・医学賞には、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人のゲノム解読に成功した独・マックスプランク研究所のスバンテ・ペーボ博士が選出された。絶滅した人類の情報を辿るうえで、化石発掘現場から採取した保存状態が良い骨が役立った。1997年に発掘されたネアンデルタール人の上腕骨からDNAを抽出する。絶滅した人類のゲノムから、世界初となるmtDNA配列の一部を決定した。我々ホモ・サピエンスのmtDNAと比べると、配列が異なっていた。改めてネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスとは異なる人種で、同化していないことが確認された。実のところmtDNA配列が異なっていても、互いの接点は見出せる。なぜなら、mtDNAは卵細胞を通じて母系のみで伝わっていくからである。両親に娘がいない(息子しかいない)場合は、子孫には伝達されない。より正確に古代の人類の交流や移動を調べるためには、父と母の両方に由来し、娘にも息子にも同様に伝わる核DNAが役立つ。
写真=DNAの構造解説 数研出版より
https://www.chart.co.jp/sp/data/seibutsu/2022/tm_slide1_sei.pdf
(1)DNAの解説
真核生物の細胞内に取り込まれた核DNAは、核酸で構成される生体高分子である。2本の鎖が互いに巻きつく、二重らせんの構造を成す。二本の鎖状DNAが、塩基部分であり、AとT,GとCで結合する。相補的結合することにより、二重螺旋を形成していた。糖とリン酸の結合によって一本の鎖型構造のヌクレオチドが、もう一本加わり、捩れることにより、鎖状になった。そのヌクレオチドが結びつく部分には、塩基が関連している。塩基の結合には、決まってアデニンとチミン、グアニンとシトシン同士でつながっている。それぞれの物質が入れ替わることはない。アデニンとチミン、グアニンとシトシンのように対になっている状態を「相補的結合」 という。DNAの構造について、ロザリンド・フランクリンの収集したデータを用いてフランシス・クリックとジェームズ・ワトソンによって1953年に記載された。DNAの構造解明による成果を評価され、1962年にフランシス・クリックとジェームズ・ワトソンは、自身の研究の見本となるX線を使ってDNAの構造解明に努めたモーリス・ウィルキンスと共にノーベル医学・生理学賞を受賞した。なお受賞者モーリス・ウィルキンスと共にロンドン大学のキングスカレッジ研究所にて、X線回折を用いてDNA結晶の構造を解き明かした女性化学者ロザリンド・フランクリンは、1958年4月16日に37歳の若さで病死した。
写真=1962年のノーベル医学・生理学賞の受賞者 掲載元 Gigazine 2023年4月26日付け
https://gigazine.net/news/20230426-dna-structure-achievement-rosalind-franklin/
写真 掲載元 朝日新聞DEGITAL 2022年10月28日付
https://www.asahi.com/articles/photo/AS20221028000253.html
DNAの詳細解説について 高校生物基礎 家庭教師のTryより
https://www.try-it.jp/chapters-10394/sections-10395/lessons-10413/point-2/
(2)RNAの解説
一方DNAからたんぱく質を合成する働きをするのは「RNA」である。塩基の種類は、A、G、CはDNAと共通する。RNAではTの代わりにU(ウラシル)になる。また糖の部位はリボースに変わり、1本鎖で存在する。DNAは全ての遺伝情報、全てのタンパク質の設計図を書き表す。長くても、とてもコンパクトで、収納しやすく、核細胞の中に納まる。あるタンパク質を合成するときには、設計図となるDNAは、一部をコピーして、核の外へ持ち出す。核から外へ出た配列がRNAである。
以下 バイオステーション いちから分かる!タンパク質は「DNAの暗号」からできているから引用
https://bio-sta.jp/beginner/proteinsynthesis/
3-2. メッセンジャーRNA(mRNA)
部分コピーしたい遺伝子DNA配列の二重らせん構造がほどけて、1本鎖構造に変化します。その次に、タンパク質合成に必要な遺伝子のDNA塩基配列を鋳型(いがた)にして、RNAポリメラーゼという酵素の働きにより塩基配列がRNAへコピーされてmRNAがつくられます。
RNAへコピーされる時には、塩基のGとC、AとUが対になって結合する性質(相補性)が利用されます。
その後、mRNAは核膜の穴から出て細胞質へ移動します。
ポイント 細胞核内で遺伝子DNA配列がコピーされmRNAになる過程を「転写」といいます(図3)。
転写
図3.mRNAは核の外へ移動する
3-3. トランスファーRNA(tRNA)
タンパク質合成のもとになる情報がmRNAとして核から細胞質へと移動しました。次に、アミノ酸をmRNAの塩基配列どおりの順序でつなげていくシステムが働きます。
タンパク質合成される場所はリボソームという細胞小器官です。必要なアミノ酸をリボソームまで運び、mRNAの3つの並びの塩基と相補性で結合することでアミノ酸をmRNAの塩基配列に従って並べる働きをするのがtRNAです。
ポイント アミノ酸を運ぶtRNAが、リボソームでmRNAの3つの並びの塩基に相補性で結合し、運ばれてきたアミノ酸が順番につながりタンパク質が合成されます。この過程を「翻訳」といいます(図4)。
図4. tRNAが運ぶアミノ酸が、mRNAの塩基配列どおりにリボソームで結合
原核生物に核はありませんが、タンパク質合成が転写と翻訳の段階で進行することは、真核生物の場合と同じです。
3-4. 暗号解読の鍵はコドン
ここまで説明してきたように、タンパク質合成に必要なアミノ酸がどういう順番でつながってタンパク質になるかは、mRNAの塩基配列で決まります。mRNAの連続する3塩基の並びごとに、次につなげるアミノ酸の種類を指定しているのです。
例えば、うま味成分として知られるアミノ酸「グルタミン酸」ならGAA、肌の水分量を保つために重要な保湿成分の1つのアミノ酸「セリン」ならUCAというように塩基の並びが決まっています。
ポイント この連続する3つの塩基の並びを「コドン」といいます。コドンがどのアミノ酸に相当するのかを示した暗号の解読表を「遺 伝 暗 号 表」といいます(図5)。
図5. 遺 伝 暗 号 表をもとにアミノ酸がつくられる
開始コドンとは、リボソームがmRNAに沿って動き、読み取った時にタンパク質合成を開始するコドンで、必ず「メチオニン」というアミノ酸になります。そこからリボソームはアミノ酸をどんどんつなげていき、終止コドンを読み取った時にタンパク質合成は終了になります。
{本稿では、突然変異へと続く}
<引用終わり>
第4章 DNA解明の立役者ロザリンド・フランクリンの功績
参考リンク Helc(ヘルシー)2022年1月24日付
https://www.health.ne.jp/library/detail?slug=hcl_column220141&doorSlug=dr
DNAの構造解明の第一歩は、若くして亡くなったロザリンド・フランクリンの研究が大きかったと評価されている。1950年にロザリンド・フランクリンは、ロンドン大学にて研究職を得た。1翌1951年には、早くも大きな手柄を上げた。DNAには水分含量の差によって2タイプ(A型とB型)存在することを突き止めたのである。A型とB型を区別して結晶化する方法も確立した。同研究所に所属していたモーリス・ウィルキンズの研究の応用が利き、X線を照射して、散乱パターンの写真撮影に成功する。彼女は、より確実な方法で証明するべく、同僚の力を借りず、数学的解析をたった一人で行う。
写真=ロザリンド・フランクリン 掲載元
Nobuyuki Kokai
https://kokai.jp/%E3%83%AD%E3%82%B6%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3%EF%BC%9Adna%E6%A7%8B%E9%80%A0%E3%82%92%E7%99%BA%E8%A6%8B%E3%81%97%E3%81%9F%E9%9A%A0/
1953年には、DNAの二重らせん構造の解明につながるX線回折写真の撮影にとうとう成功した。その証拠は、「photo51」と呼ばれる写真である。彼女一人で、DNAの二重らせん構造を確認したのである。実のところ、後の1962年ノーベル医学・生理学賞の受賞者で同じ研究所に所属するモーリス・ウィルキンズは、大きな成功を収めたロザリンド・フランクリンに嫉妬心を抱いていた。photo51の写真を、同じDNAの研究をするケンブリッジ大学に所属するフランシス・クリックとジェームズ・ワトソンにも見せたのである。
写真=「photo51」
二人も、自分が手柄を上げようと、研究発表に踏み切った。撮影までこぎつけたロザリンド・フランクリンに内緒で「DNAが2重らせん構造」をしているとの見立てで、論文を書き、発表に踏み切ったのである。有名なNATURE誌に掲載された。
参考:1953年4月25日号のNATURE
http://www.crl.nitech.ac.jp/~ida/education/ResearchSeminar/20190215WatsonCrick.pdf
https://cellbank.nibiohn.go.jp/legacy/visitercenter/lecture/genetics/watson.pdf、
論文の末尾には、確かにロザリンド・フランクリンに対して謝意を述べている。
後に盗作疑惑を消すため、二人の口からロザリンド・フランクリンについては触れなくなった。論文の発表者の一人、ジェームズ・ワトソンは、photo51をこっそり見せたモーリス・ウィルキンズと異なる主張をした。なおウィルキンズは、photo51からヒントを得た論文を書いていない。後にノーベル賞を与えられた理由は、独自のX線回折技術で、結晶構造の解明に取り掛かったからである。
ワトソンは、著書『二重らせん』で、1953年の論文発表までの経緯を語っていた。ウィルキンスが、同僚のロザリンド・フランクリンに研究成果を独り占めされたくないため、こっそりと写真を見せたという。一方、ロザリンド・フランクリンの近くにいたはずのモーリス・ウィルキンズは、ワトソンが話した事実を否定した。著書『二重らせん 第3の男』で、あくまでフランクリンのデータを閲覧する権限が自分にあったと主張し、フランクリンもそれを認めていた、と釈明していた。
実のところロザリンド・フランクリンは、1952年に自分の非公開研究データをまとめたレポートを年次報告書として英国医学研究機構に提出していた。英国医学研究機構の予算権限を持つメンバーの一人で、フランシス・クリックの指導教官であるマックス・ペルーツが入手していた。弟子であるフランシス・クリックにもレポート文が与えられ、研究の進捗状況を把握していたのである。この非公開レポートには、彼女が身の粉を削ってまで、没頭していた様子が判明した。ロザリンド・フランクリン自身の手による測定数値を元に、過去のデーターを交えて、新解釈を書き込んでいた。後にノーベル賞を受賞する3人よりも、事実を早く突き止めていたのである。
彼女はDNAの構造解明に心血を注ぎ、若くして亡くなった。死因の卵巣癌は、X線を大量に浴びたことによる被爆にも起因する。現代の医学では、がん細胞が30回以上分裂しておよそ1億個(およそ直径1センチメートル)に増えないと、がんと診断にいたらない。毎日、数千個(人の全体のおよそ100億分の1)のがん細胞が、発生していると考えられている。我々の体内には、自動修復機能が備わり、すぐに傷ついた細胞を元に戻す。一度に大量の放射線を浴びる被爆する、または長期間の喫煙により、細胞の傷の度合いが大きく、修復機能が追いつかなくなる。ロサリンド・フランクリンは、常にX線を浴びたことによる放射線被爆が原因で、癌に罹患したとの見方をされていた。
受賞者の一人1928年4月6日生まれのジェームズ・ワトソンは、2025年1月8日時点、96歳で存命である。DNA発見60周年を記念して2013年3月の講演会では、不治の病であるがん治療をテーマに進めた。
詳細記事 salk 2013年3月26日付
https://www.salk.edu/ja/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B9/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%81%AFDNA%E7%99%BA%E8%A6%8B60%E5%91%A8%E5%B9%B4%E3%82%92%E7%A5%9D%E3%81%86%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%88%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%82%92%E4%B8%BB%E5%82%AC%E3%81%99%E3%82%8B/
自身の研究を飛躍的に高めたロザリンド・フランクリンの名前は出さなかったものの、意識した内容だった。癌を誘発する物質を突き止め、分子構造学から、治療方を探っている。現在有効的な治療法の一つ「抗がん剤」は副作用の強さから、否定的だった。逆に、状況によっては抗酸化物質ががんの蔓延を促す危険性についても説いていた。 彼の論文を要約した内容は次の通りである。
「「反応性酸化種」(ROS)と呼ばれる分子は、プログラムされた細胞死を誘導するために重要です。 これは損傷した細胞の場合には実際には望ましいことですが、ROS が抑制されていないと健康なタンパク質が破壊される可能性があります。 これが、人々がブルーベリーのような抗酸化物質を食べることが良いと考える理由です。抗酸化物質は ROS を中和し、健康な細胞の増殖を可能にします。 」
癌細胞は遺伝子のコピーミスで起こる。いかにコピーミスを防ぎ、悪性の細胞を取り除くのか、DNAの構造を突き止める研究の応用が利く。1950年代、男性優位の社会、数少ない女性研究者の成果を、男性研究者に横取りされる事態も起こっていた。DNA構造解明により、後に生物の進化系譜を辿り、我々のルーツを探れるようになった。ロザリンド・フランクリンの功績は、永遠に生き続けていく。
第5章 ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の共通点を見出す
写真=ペーボ博士、2022年のノーベル生理・医学賞の受賞スピーチ時の様子 掲載元 NHK NEWS WEB 2023年2月3日付
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221215/k10013921441000.html
ネアンデルタール人の起源を紐解くペーボ博士の研究は、核DNAの解析に移る。10年以上をかけて遺跡などから試料となる骨を探し出し、核DNAを取り出して解読を進めた。発掘した資料と向き合い、綿密に分類作業をした末に、とうとう成果を上げた。2010年にネアンデルタール人の全ゲノム配列の約9割の解読を完了したのである。情報が出揃った中で、現生人類ホモ・サピエンスからヨーロッパ、アフリカ、パプアニューギニア、中国人のそれぞれのゲノム配列と比較した。すると、現生人類とネアンデルタール人とが過去に交配していた生物学的な証拠を発見したのである。新たにホモ・サピエンスとネアンデルタール人の特徴の違いも解き明かした。着目したデーターは、言葉に関連する「FOXP2」という遺伝子だった。真っ先にFOXP2遺伝子を調べると、主要な部分に違いはなく、基本は一致した。遺伝子の周辺に目を向け、40万文字の記号の中から一文字の違い見つけ出した。ネアンデルタール人の遺伝子配列の一部分が「A」に対し、ホモ・サピエンスは「T」だったのである。この40万文字の中のたった1文字が、言語能力の違いを表している。我々の遺伝子がTへ変わったために、たんぱく質が付着し、細胞の増殖を制御した。このたんぱく質の蓋が、言葉の遺伝子に大きなかかわりを持つ。
新たに中央アジアで3万年前頃に絶滅したデニソワ人は、ネアンデルタール人と共に、ホモ・サピエンスとの共通の祖先から分かれたことも判明した。核DNAからネアンデルタール人とデニソワ人は近親性はあるものの、共存していたことを示す手がかりは出ていない。一説によると、アルタイ地方の洞窟から、デニソワ人とネアンデルタール人、それぞれの家族が暮らしていた痕跡があきらかにされた。今後DNA鑑定と共に、発掘調査により、2つの人種の接点が見えてくる。
写真=デニソワ人とネアンデルタール人の系譜図 掲載元 ネイチャーダイジェストVol. 15 No. 11DOI: 10.1038/ndigest.2018.181107
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v15/n11/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E3%81%AE%E6%B7%B7%E8%A1%80%E7%AC%AC%E4%B8%80%E4%B8%96%E4%BB%A3%E3%82%92%E7%A2%BA%E8%AA%8D/94704
我々現生人類の辿った道筋の一端が見明らかになった。DNA鑑定は、今では刑事事件の捜査にも役立つ。現場に残された血液に問わず、毛髪からも抽出できる。過去に犯罪を犯した人物のデーターベースと突合せる。現場に残されたDNAと一致すると、重要参考人として捜査対象になる。もちろん、捜査の廉潔性から、当日のアリバイなどを確認し、被害者との接点や動機を含め、逮捕までには客観的な判断が求められる。「疑わしきは被告人の利益に」の言葉から、裁判官や裁判員も、冤罪の可能性を念頭に置き、逮捕までの経緯や、検察の起訴状を、公平な目で向き合う必要性がある。DNA鑑定の結果は、警察や検察が捏造している可能性も否定できない。犯行現場の目撃例が少ない場合は、捜査において大いに助かることは確かである。
写真 掲載元 特集:変革を続ける検事警察 {図-44 DNA型鑑定(STR型検査法)の流れ}より
https://www.npa.go.jp/hakusyo/h20/honbun/html/kd320000.html
人類を含め生物の進化史を紐解くには、引き続き現場での発掘調査は欠かせない。世界80億の人々全てが、20万年前にアフリカに暮らしていたとされる一人の母から派生したことは確かである。後世の研究者は、旧約聖書にちなみ「イブ」と名づけた。イブのパートナーは、「アダム」という。
自身が被爆の危険を犯してまで、生物を形作るDNAの構造を突き止めたロザリンド・フランクリンの地道な努力により、医療や科学の進歩をうながした。後世の科学者が、DNA鑑定の力を借りて、人類の足跡を辿った。我々ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は、別種だとの認識は元々あった。新たに、遺伝子配列のわずかな共通点から、一部同化していたことが分かったのである。今、全人類の産みの親イブと共に、その夫アダムを含め、旧約聖書の真実性についても迫ろうとしている。
“アダムとイブ”実在した可能性、“エデンの園”の場所にも有力な説
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=84&from=diary&id=8160690
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