皆様明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い申し上げます。
2025年初の乗り鉄は、秋田から男鹿線に乗車する。
朝5時に起床し、駅へと向かう。
男鹿線の発着する2番ホームに向かうと、丁度男鹿行きが入線して来た。
車輛はEV-E801系「ACCUM」の4輛編成。
この車輛は交流用一般形蓄電池駆動電車で、気動車では無い。
蓄電池駆動だから非電化の男鹿線へも乗り入れが可能な電車である。
烏山線で運用されているEV-E301系の交流版と言えば解りやすい。
2017年に男鹿線に1編成が投入された。
その後、2021年には追加で5編成が投入されて男鹿線のキハ40、キハ48を置き換える事になった。
車内はロングシートで、裾絞りの車体だからかなり広く感じる。
ただ、観光路線も兼ねた男鹿線であるから、一部クロスシートも欲しかったとは思う。
始発だが1車輛に2〜3人の乗客がいる。
5時29分、定刻に発車した。
男鹿線とは追分で分岐するので暫くは奥羽本線を走る。
秋田の次は泉外旭川。
この駅は男鹿線がEV-E801系「ACCUM」に置き換えられた2021年3月13日のダイヤ改正で誕生した新しい駅。
4年前の2021年の正月に奥羽本線に乗車した時にはまだ開業していなかった。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1977993536&owner_id=5677348
今回、駅メモでも取る事が出来た。
追分には5時45分の到着。
追分からいよいよ、男鹿線に入る。
男鹿線に乗車するのは、2002年の大晦日に冬コミから男鹿温泉に遠征して以来。
「ムーンライトえちご」で村上まで出て、そこから羽越本線、奥羽本線を乗り継ぎ男鹿線の羽立まで乗車。
バスで男鹿温泉へと向かった。
翌2003年の正月に男鹿から秋田まで乗車して、男鹿線を完乗した。
それ以来になる。
男鹿線は男鹿半島の南を日本海に沿って走る路線である。
とは言え、海の際を走る訳では無い。
日本海からの強風に備えて防風林が整備されているから海が見える訳では無い。
尤も、この時期の始発ではまだ辺りは真っ暗闇で、車窓など期待も出来ない。
天王を過ぎると、八郎潟から日本海へと流れ出る馬場目川を八郎川橋梁で渡るのだが、気配も感じられなかった。
脇本で秋田行きと交換。
なまはげラッピング車輛が停車していた。
脇本を出ると、男鹿線唯一のトンネルである男鹿トンネルへ。
男鹿温泉の玄関である羽立に到着。
6時22分、男鹿に到着。
秋田から約一時間の旅。
途中駅で降りてしまったのか、男鹿で下車したのは私だけだった。
男鹿駅は、駅舎も建て替えられており、当時の面影は何一つとして残っていなかった。
駅前には、なまはげの顔出しパネルがある。
「なまはげ」は怠惰や不和などの悪事を諌め、災いを祓いにやってくる来訪神である。
「泣ぐ子は居ねがー」「悪い子は居ねがー」と家々を回り怠け者や悪い子供を懲らしめるのである。
寒いので先程の車内に戻る。
男鹿線は非電化路線だが、男鹿駅のみ電化されている。
烏山駅同様、停車中に充電中をしている。
https://x.com/miya_sylvian/status/1874213251648807047?t=TJQM4q0zdbEBX_jNON-1qQ&s=19
なまはげが可愛い。
うっすらと明るくなって来た。
6時50分に駅事務所が開くので、スタンプを押す。
そして7時2分、秋田行きが発車。
乗客は私以外はたったの一人。
まあ、正月の早朝ではやむを得ないだろう。
7時2分に発車する。
先程のパネル、走行中はこの様な感じになっている。
なまはげがいない。
男鹿温泉への玄関、羽立も駅舎が建て替えられ、監視小屋の様な小さな駅舎に変貌していた。
船越を過ぎると八郎川橋梁を渡る。
干拓され南に調整池を残すのみとなった八郎潟ではあるが、それでも広大だ。
二田で男鹿行きと交換。
そして、昭和百年の初日の出が姿を表す。
上二田で拝ませて貰った。
耳からは「百万那由多ノ塵SCUM」が鳴り響く。
モノトーンの防風林が目の前を流れて行く。
忘れるな 辿り着けるはず。
追分に着いて「スブロサ SUBROSA」に切り替わる。
奥羽本線に入り7時59分、秋田に到着。
少し余裕があるのでホテルに戻り朝食を取る。
そして準備をして8時50分にチェックアウト。
秋田発9時11分の酒田行きに乗車する。
701系の2輛編成で、割りと混んでいた。
男鹿線からの列車が遅れているいる為、発車が遅れる。
隣のホームに男鹿からのEV-E801系「ACCUM」が到着し、酒田行きは3分の遅れで発車した。
秋田から羽越本線に乗車するのも随分と久し振りだ。
恐らく、大学卒業旅行の帰りの1998年2月に青森から奥羽本線、羽越本線を乗り継ぎ「ムーンライトえちご」に乗車して以来だと思う。
秋田を出て、雄物川を渡る。
新屋で結構な乗客が下車する。
そして列車は秋田の町を出て山の中へ。
山越えと言う程でもなく、北陸本線の大土呂から大聖寺や東海道本線の島田から金谷の様な感じ。
桂根を通過すると日本海が見えた。
尤も海岸からは少し離れているから家や国道、防風林等でなかなかよく見えない。
下浜で秋田行きと交換。
羽越本線は、複線と単線が入り交じった路線で複線かと思ったら単線になる。
道川の駅前に昭和感漂うドライブインがあった。
既に営業はしていない様に見えた。
内陸に入り羽後亀田、そして折渡を通過し複線になる。
羽後岩谷の近くに巨大なホテルみたいな建物が見えた。
どうやらJA秋田の病院らしい。
そして9時55分、羽後本荘に到着。
ここから由利高原鉄道鳥海山ろく線に乗り換える。
由利高原鉄道は、国鉄矢島線を引き継いだ第三セクター鉄道で1985年10月1日に国鉄矢島線から転換した。
次の列車は10時55分の矢島行き「まごころ列車」である。
時間があるので一日乗車券を購入したあと、待合室で待機していた。
11時36分に矢島からの列車が到着したので、由利高原鉄道鳥海山ろく線のホームへと移動する。
元は国鉄とは言えJRのホームに間借りしており、中間改札もなかった。
由利高原鉄道YR-3000形が停車していた。
車内に入ると、可愛い娘が「整理券をお取り下さい」と案内をしている。
座席は4人掛けのボックスシートで、大きなテーブルが設置されており、今流行りもレストラン列車の様である。
ご馳走を並べて呑み鉄も出来る。
ただ、路線はさほど長くはなく、乗車時間は40分程なのでかなり慌ただしい。
10時55分、定刻に発車する。
「まごころ列車」は秋田おばこ姿のアテンダントが乗務し乗車証明書の配布、車内販売をするのだが、流石に正月なので乗務していなかった。
羽後本荘を出て暫くは羽越本線と並走する。
だんだんと羽越本線と離れて行く中、薬師堂に到着。
駅の向こうに羽越本線の線路が見える。
田畑が広がる中を走って行く。
子吉駅は玉ノ池簡易郵便局が併設されている。
子吉を出ると勾配を上がる。
由利本荘の田園風景や新しく出来た工場群が一望出来る。
子吉川の支流、鮎川を渡る。
そして鮎川に到着。
なかなか変わった待合室がある。
一面に農地が広がっている。
黒沢に到着。
乗客が駅名板を撮影している。
黒沢を出て子吉川を渡る。
次の曲沢は、駅前が田んぼアートになっている。
前郷で羽後本荘行きが停車。
スタフ交換をしている。
澄みきった冬の青空の下、雪原を走る。
少しづつ雪が深くなる。
そして11時34分、終着の矢島に到着した。
YR-3000形の車内に可愛い娘がいたから、矢島駅ではグッズとか売ってるだろうと期待をしていたが。
予想の斜め上を行っていた。
待合室には二人の美少女が。
松皮カンナと御殿鞠あやめ。
ゆりほん娘と言い、2025年1月から由利本荘市の公認キャラクターとなるそうだ。
https://x.com/yurihonmusume/status/1872098788292337734?t=mZWWN23BmxkC55kxtMMyCg&s=19
そして彼方此方にポスターも貼られていたが。
ゆりほん娘萌酒として酒蔵などとコラボしているらしい。
しかし、今日は正月で売店もお店も休み。
鍋焼うどんも食べてみたい。
また、由利本荘市に来なければならない。
折角なので、嫁と2ショ。
それにしても、御殿鞠あやめは、まなにゃーデックスさんにコスプレして貰いたい。
萌え写真ばかりでなく、矢島駅の駅舎なども撮影する。
羽後本荘行きの改札が始まるが、ホームに出るドアの鍵が閉まっていた。
駅員が気付いて無かったみたいで、窓口で「どうぞ」と言う。
なので「開いてないよ」と伝える。
こんな事は初めての経験だ。
ホームで撮り鉄。
11時55分、羽後本荘行きが発車。
先程の列車で矢島まで来た人の、約半数の人が折り返す。
先程来た路線を折り返す。
美しい雪景色の中を走る列車は、乗り鉄よりむしろ撮り鉄をしたくなる。
前郷で矢島行きと交換すりから、準備をしながら車窓を楽しむ。
前郷に進入すると、駅員が列車を待っている。
到着する矢島行きを迎え撃つ。
日が陰って仕舞ったのが残念だった。
子吉川を渡る。
この橋梁でも、撮り鉄をしてみたい。
12時36分、羽後本荘に到着。
次の列車は13時1分発の酒田行き。
ホームの待合室で待機する。
列車は定刻に到着。
701系の2輛編成。
車内は割りと混んでいる。
羽後本荘の町を抜け、西目を過ぎると雪が浅くなっていく。
この時期の東北はどこも大雪だと思っていたから、少し意外だ。
暫くしたら日本海が見えて来た。
雪は完全になくなっている。
冬の日本海の荒波が、容赦なく海岸に迫る。
仁賀保に近付くと、日本海も離れて行った。
金浦を過ぎると田んぼの中に小山の様なものが点在している。
関西の人間なら「ああ、古墳か」と思いそうだが、こここそが名高い象潟。
かの俳聖・松尾芭蕉が象潟を訪れた時この辺りは海であった。
静かな入江に多数の島が浮かぶその風景は「東の松島 西の象潟」と謳われる程の景勝地であった。
芭蕉は「松島は笑ふが如く、象潟は憾むが如し」と評し「象潟や 雨に西施が 合歓の花」の句を読んだ。
芭蕉以前にも、西行法師が象潟を訪れ「象潟の 桜は波にうづもれて 花の上漕ぐ あまの釣り舟」と歌を詠んでいる。
しかし、1804年(文化元年)の象潟地震で隆起してしまい、完全に陸地と化して仕舞った。
この、一風変わった象潟を初めて通過したのは1991年の北海道遠征の帰り。
秋田から乗車した50系客車の車内から、象潟を眺めた。
象潟を過ぎると再び日本海か見える。
上浜を出ると遠くに鳥海山が雪を被っているのが見えた。
すぐ日本海に沿って走る。
その彼方に、飛島が見えた。
この島は、鳥海山の頂上が飛んで行き飛島になったと言う伝承がある。
小砂川を過ぎ秋田県から山形県へと入る。
山形県最初の駅である女鹿を通過。
男鹿があれば女鹿もある。
日本海の荒波が激しく襲う。
やはり羽越本線は、いつ乗車しても車窓が美しい。
日本海から離れ吹浦を過ぎると再び鳥海山が見える。
本当に、目の前に聳えているかの様な迫力である。
遊佐を過ぎて鳥海山が後ろへと去って行く。
まなにゃーデックスさんが、登りたいと言い出しそうである。
南鳥海を過ぎ、 酒田港からの貨物線が合流して来ると酒田である。
14時3分の到着。
駅メモで酒田駅を取ったらイベント「桑川ゆうり&豊栄なほと行く新潟・庄内を巡る海里・いなほの旅」の酒田をクリアした。
このイベントは知らなかったのでちょっとびっくりした。
次の列車は14時12分発の、あつみ温泉行き。
車輛は気動車で、ディーゼル・エレクトリック方式の電気式気動車GV-E400系。
座席を取ってスタンプを押しに行くと、駅構内に駅メモのイベント「桑川ゆうり&豊栄なほと行く新潟・庄内を巡る海里・いなほの旅」とのコラボで「桑川ゆうり」「豊栄なほ」のパネルが展示してあった。
これは嬉しい誤算ではあったが、余り時間がないのが惜しまれる。
酒田を出ると、遠くに鳥海山が見える。
14時26分、余目着。
余目でも「桑川ゆうり&豊栄なほと行く新潟・庄内を巡る海里・いなほの旅」をクリアした。
余目からは陸羽西線に乗車する。
陸羽西線は2000年の冬コミの後、青森は下北半島を走る下北交通を乗り鉄撮り鉄しに行く途中に乗車した。
もう23年にもなる。
ただ、陸羽西線は今、国道47号「高屋トンネル」を陸羽西線のトンネル直下で交差させる工事の為に陸羽西線の全列車が運転を取り止め。
バスによる代行輸送となっている。
余目の駅前にはJRバス東北のバスがずらりと並んでいる。
次の陸羽西線代行バスは15時20分。
一時間程待ち時間があるが、時間を潰せる所もなく待合室で待機するより他に無い。
余目の駅舎も年期は入っているが、昔流行ったちょっとモダンな駅舎。
何処と無く昔の広尾線広尾駅の駅舎に似ている。
代行バスを待っていたら、町の防災放送が入る。
何でも余目第四学区で熊が目撃されたとの事。
この真冬に、冬眠に失敗した熊とは恐ろしい。
第四学区がどの辺りかは解らないが、まさかこんな駅の近くでは無いだろう。
特急「いなほ」が到着するから、ホームで撮り鉄をする。
これも、長い待ち時間の楽しみ。
15時15分にJRバス東北による陸羽西線代行バス各駅停車162便新庄行きが駅前に到着した。
1番、2番席に陣取る。
代行バスは駅前の通りを抜け、南野バイパスを走る。
そして少し路地に入り余目第四まちづくりセンターで停車。
ここが南野駅の代行バス乗場であるが、実際の南野駅からは随分と離れている。
しかし、第四と言うと先程の防災放送で言っていた熊が目撃されたのは、この辺りなのだろうか。
まさかこんな拓けた土地に出るとも思えないが、そうだとしたら何と恐ろしい事だろうか。
発車して、再びバイパスに戻る。
すぐ横に陸羽西線の線路が走っているのが見える。
西興野交差点でバイパスを離れて細い道に入る。
肉屋や雑貨屋、本屋などが並ぶ、ちょっとした田舎の商店街。
その中を抜けて狩川の駅前に到着。
陸羽西線に沿った、街中の細い道を行く街が尽きて国道47号に出る。
最上川に沿って走る。
国道の右側に陸羽西線の線路が通っている。
山が迫って来る。
清川橋を眺め再び細い道に入り清川。
そして清河神社の脇をバスは通る。
この神社は幕末、将軍徳川家茂上洛の際、その前衛として結成された浪士組の中心人物である清河八郎を祭る。
庄内藩士だった清河八郎は、ここが清川の出身で、清河八郎記念館も併設されている。
再び国道47号に戻る。
立谷沢川を渡り最上川に沿って走る。
最上川さみだれ大堰が見えて来る。
国道47号の右隣を陸羽西線が走るが、防風林が視界を遮っている。
川の駅くさなぎ・草薙バスターミナルで臨時停車。
乗降のみ取り扱うと案内があったが、誰も乗車して来なかった。
対岸に白糸の滝が見える。
国道とは言え急カーブが連続する山道。
高屋は駅前まで行かず国道脇に停車した。
そしてまた、最上川と共に進む。
モノトーンの世界に、バスのエンジンの音だけが響く。
列車が走らない陸羽西線は雪に埋もれている。
再び運転する時の点検などは大変であろう。
角川が最上川に合流する。
町が拓けて古口に到着
駅前までバスが進む。
乗客が一人待っていた。
切符を持って無いとの事で、運転手が案内している。
イントネーションから乗客は恐らくベトナム人と思われる。
余目を出て、初めての乗客だった。
国道47号から鶴岡街道に入る。
更に新庄戸沢線に入り古口大橋で最上川を渡る。
渡った先の津谷交差点に、何か可愛いイラストの看板があった。
砂風呂とかもあるらしい。
https://ponpokan.com
ちょっと行ってみたい。
その先に津谷駅の代行バス乗場があった。
駅からはかなり離れている。
濁沢川を渡る。
そして鮭川を渡る。
最上川に流れ込む支流が幾つも流れている。
鮭川の支流である枡形川に沿って走る。
新庄戸沢線脇の羽前前波駅の代行バス乗場に停車する。
やはり駅まではかなり距離がある。
どう言う塩梅で駅前まで行く行かないを決めているのかよく解らない。
トンネルを抜けて指首野川を渡る。
段々と新庄の町中へと入って行く。
そして16時49分、新庄に到着した。
何か格好良いヒーローがいた。
30分程時間があるので、土産物を物色する。
色々と目移りするが、特に何も買わずに撤退した。
新庄発17時23分発山形行きに乗車。
701系4輛編成でまあまあ混んでいた。
既に日は落ち、車窓も楽しめない。
駅メモで駅を取って行く。
奥羽本線は既に何度も乗車しているが、駅メモ的にはまだ新庄から山形の間と、弘前から青森の間が未乗なのである。
18時34分、北山形に到着。
4分の接続で18時38分発の左沢行きに乗り換える。
左沢線も2013年08月14日に乗車しているが、駅メモ的には未乗路線。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1909526878&owner_id=5677348
なので今回、片付けて仕舞う。
到着した左沢行きはキハ100の4輛編成。
車内はオールロングシートにされていた。
左沢線は山形盆地の西の際まで走る路線。
沿線はさくらんぼの産地として有名で、フルーツライン左沢線の愛称がある。
30分ちょっとで終点の左沢に到着。
時間は19時16分で、折り返しは19時25分の山形行き。
正月で閉まっていたが、左沢線グッズがあるらしい。
むしろ、このアザラシさんのグッズが欲しい。
山形行きの乗客は私だけだった。
次の柴橋の駅前でイルミネーションをやっていた。
駅毎に多少、乗客もあった。
20時6分、山形に到着。
既に駅弁屋も閉まっている。
駅裏の霞城セントラルに入っていた居酒屋は開いていたが、「ただいま満席」の札が掛かっていた。
しかし、
宿泊予定の東横イン山形駅西口の向かいに、マックスバリュ山形駅西口店が開いていた。
半額のハンバーガーセット等を買いホテルへチェックイン。
正月だと言うのに詫びしい食事を取る。
東北の夜は更けて行く。
まなにゃーデックスさんとお出掛け。
https://photos.app.goo.gl/v6PHiPkfGKjXVRTX8
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