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2024年11月09日13:50

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動画アリ!旅物語 ZARDの坂井泉水が育った丹沢山麓秦野市を中心に旅する テーマ曲「こんなにそばに居るのに」2024年第9回目10月13日(日)10回目10月14日(月)11回目11月3日(日)他11月4日(月)川崎市生田緑地

<丹沢山麓秦野市を中心とした旅 第9回から11回 10月13日(日)と14日(月・祝)11月3日(日)川崎市多摩区生田緑地11月4日(月)>

前回第8回目 8月12日(月・祝)テーマ曲 SARD UNDER GROUND「夢で逢いましょう」https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1988425354&owner_id=32437106

前年同期 2023年11月5日(日)テーマ曲「もっと近くで横顔見ていたい」
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10月13日(日)、14日(月・祝)11月3日(日)丹沢山地の麓の旅、テーマ曲は、1994年8月8日にZARDの12作品目のシングルとして発売された「こんなにそばにいるのに」である。

写真=CDのディスクジャケット
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作詞者坂井泉水によると、デモテープから流れるアップテンポなメロディーを聴いた際、倦怠期のカップルをイメージした歌詞を付けようと思い立ったという。幼い頃から、石川啄木の詩集を愛読していた彼女は、ひらめきも早く、速やかに作業に取り掛かった。同曲は、坂井泉水が亡くなった後に定期的に開催されているフィルムコンサートにて、Aメロは、テクニックのあるバンドメンバーの紹介に伴う、インストゥルメンタルとして披露されている。サビの部分に関しては、コーラスを担当する歌手が、それぞれのパートを歌う。一転してBメロは、スクリーン上の映像が、スタジオで歌う坂井泉水に変わる。

 歌詞に描かれた主人公の視点に立ち、秋が深まる中、長かった夏を振り返りながら、、丹沢山麓の麓秦野市周辺の旅模様を描く。全3章


第1章 10月13日(日)14日(月・祝)座間意座間市 海老名市へ

 写真 掲載元 Map-It https://map-it.azurewebsites.net
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10月13日(日)、日中の最高気温が27度に達する夏日、朝早く小田急線の相武台前駅で降りて、かにが沢公円と谷戸山公園、芹沢公園と梯子した。かにが沢公園では、間もなく芽を出す予定の冬のひまわりが咲く花壇で、コキアが赤く色づいていた。
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その次の谷戸山公園は、座間丘陵らしく起伏に富む。尾根部は標高80m、谷戸部は標高50mになる。谷戸部の自然生態園のそばの田んぼは、収穫を控えた稲穂が、太陽光を受けて、黄金色に染まっていた。

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稲の花言葉は「神聖」、しっかりと地面に根を張り、太陽光を反射して、風に揺らめく。古くから神様の贈り物といわれた所以である。颯爽と吹き抜ける風を浴び、心が弾んできた。

 谷戸山公園から距離にして1km、「芹沢公園」へと向う。道路に出ると、車がひっきりなしに行き交っていた。郷愁に浸った里山から一転して、現実世界に引き戻された。

 ZARDの「こんなにそばに居るのに」では、現実と夢の狭間で揺れる主人公を描いている。

 全詞掲載

単刀直入にサビから始まる。

歌詞「こんなにそばに居るのに 黙らないで Loving you」

スマホを見ながらアップダウンのある道を進むこと、過去の恋を思い出した。

曲の方はイントロから、バンドサウンドが入る。

Aメロの歌詞へ

「Summer night 何台も車見送って 途切れた隙に Good night kiss」
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 谷戸山公園からの道程はまっすぐである。座間市立栗原中学校に突き当たると、迂回するルートを辿った。丁度市民運動会が開催され、慌しく車が校内に入る中、芹沢公園へと続く裏手の道は、樹木に覆われ、静けさに包まれていた。

 写真 芹沢公園の位置関係 掲載元 松橋じゅんろう 2023年6月9日付
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歌詞:「偶然がまるで運命に見えたあの頃」

 こうして歩いていると、全てのことは起こるべくして起こったことであるような気がした。なぜ座間市は、公園が点々と残っているのか、一つは自然保護の観点から、もう一つは、地盤が悪く、住宅開発に不向きだったからである。実際駅前を除き、高い建物はなく、一戸建て住宅が軒を連ねる。恋は何気ない会話から、互いを理解しあい、そして生涯を誓う。実際はわずかなすれ違いにより、破綻してしまうこともある。

小学校から公園へかけて、地形的に深く落ち込んでいた。谷戸山公園と比べると、民家と接しているものの、どこか静謐な空気が漂う。散歩をしていた年配の男性に聞いたところ、平家の落ち武者が潜んでいたという。谷底に位置する分、地中に染み込んだ水が湧き出していた。とめどなく水が供給されることにより、作物を育てることができる。訪問地の公園西側の谷戸部では、落葉広葉樹は少ないものの、水路を囲うようにアジサイの葉っぱが伸びる。一方東側の尾根部は、運動場と化している。植生が乏しくなる10月中旬、スイフヨウやヒヤシンスが咲いていた。ヒヤシンスといえば、夏を代表する植物、真っ赤な花びらから、南国のイメージが漂う。

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傾斜地の麓に位置する住宅街との境目の水路沿いには、桜の木が並んでいた。人目を避けてひっそりと暮らしていた平家の谷、周辺の人々も、隔絶された谷底の家々で静かな日常を過ごしていた。

 歴史を知ることにより、気持ちも揺れ動いた。その心境が現れている。

 歌詞:「グラスの氷がカラカラ揺れている いつものレストランで」

 次第に気温が上がり、汗ばむ中、次の海老名市に向って、国道246号沿いの歩道を走った。気持ちが不安定だと、走ることによって忘れられる。

 歌詞:「昔を懐かしむのは きっと二人 話題が見つからないせい」

 確かに現実を避けようとすると、過去へ戻ってしまう。

 歌詞:「あの時時間が止まったままなら 遠回りはしなかった」

 人は誰しも、時を止めたいと意識したことがある。やり直しは一切きかない。その場、その場でやるべきことをきちんとこなすことにより、明るい展望が開けるのである。

 国道246から北の住宅街方面へ抜けると、一段高いところに、樹木が生い茂った林がある。宅地開発により、周囲が様変わりする中、神域感が漂う。それもそのはず、2005年7月14日、国の史跡に指定された「秋葉山古墳群」は、後世に残すべく、容易に手を加えることはできない。座間丘陵の頂部に位置し、本来見晴らしは良いはずだが、樹木によって視界を遮られていた。弥生時代末期から古墳時代初期にかけて造られたとみられる古墳が6基確認された。最も盛り上がった2号墳は、座間丘陵最高峰に当たる標高84,6mである。
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古墳群の名称の由来は、明治時代に火伏せの神である「秋葉社」が祀られたことにある。一方一号墳には、「山王社」が祀られた。今なお山王山との呼称が残る。

 詳細 海老名市 史跡秋葉山古墳群 https://tourist-map.mapion.co.jp/b/tm_ebina/info/ebina0016/

住宅街の中にある史跡スポットは、人の手を加えることなく、当時の様子を忍ばせる。街灯もなく、樹木に覆われ、昼でもなお薄暗い。遠い昔に思いを馳せることができた。

 Aメロのさびの歌詞

「こんなにそばにいるのに 黙らないで Loving you 出会った頃のように 熱く激しく」

 恋に夢中になっていた際、そばにいる彼女と一緒にいることで、心が満たされていた。今は、目的地に向って走ることに情熱を傾けていた。

 「あなたの汗感じている 真夏のように Hold me tight」

自分が一心になって彼女に全てをささげたときと同じように、心も体も熱くなった。

 「この手を離さないで」

 と呼びかけた。

「もう一度 始めてみたい」

 素直にもう一度やり直したいと願った。

第2章 温故館

昼時に訪れたのは、海老名駅から東へ数百メートル離れた温故館、秋葉山古墳群で出土した貴重な遺物が展示されている。今回は、海老名市で初めて出土した古代のお金を意味する「和同開珎」が公開されていた。
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 室内では、ボランティアの解説員から丁寧に展示物について教えていただいた。聞けば、昨2023年度まで神奈川県の高校の教員を務めていたという。丁度特別展「発掘された海老名のお宝(後期)」の会期期間だった。相模川沿いでは、地方の豪族を埋葬した古墳の特徴を教えてくれた。その一つ上今泉横穴墳墓の入り口には、石を積み重ねて、囲っていた。通常の横穴式は、それこそ土手にぽっかりと口を開けている形である。なぜ、入り口を分かりやすく石を積み上げたのか、はっきりと答えは出ていないという。温故館自体は、1918年に当時の海老名村の役場を、改修工事を経て、資料館として使用された。令和に生きる我々に、学習の場として提供してくれていた。

午後からは、小田急線に乗り、秦野市内へと移動し、県立はだの戸川公園へと向った。コスモス畑の縁で、緑からほぼ赤に変色したコキアが、ふさふさの毛を保ったまま、居座っているようである。もこもことした毛は、冬を前に温かく我々を包んでくれるようだった。
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花言葉は「円満夫婦」、「私はあなたに打ち明けます」、その通り、色鮮やかでもっこりしている様子から、仲良く寄り添うカップルとも重なった。中腰になりながら近づき、丹沢の峰々と共に風のつり橋をバックに撮影すると、遠近感が出る。風のつり橋が、自然の中に溶け込んでみるように見えた。休日の昼間、秋の暖かな日差しを受けて、来園者はのんびりと散策していた。季節もゆっくりながら進んでいる。

 翌14日(月・祝)朝9時45分頃に、秦野市の西隣の松田山山麓、西平畑公園(標高180m)を目指した。公園の奥にあるコキアの里の方は、ほとんどの株が色落ちしていた。緑から赤色、ゴールドへと変わり、次第に枯れていく。緑が混じった戸川公園のコキアと比べて、一段と早く進んでいるようである。公園のシンボルとなるハーブガーデンの庭では、ラベンダーが育てられていた。花言葉は「あなたを待っています」、酒匂川沿いの広大な足柄平野をバックに、青みを帯びたラベンダーが、風で揺らめく様子から、優しい言葉を投げかけられているようだった。
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 Bメロでは、主人公目線で、彼女への印象を語っている。

「Summer love 目指す夢は違っていたけれど 好きになれば未来も変わる」

人一人、境遇は様々、異なる価値観を持つ。お互い話していくうちに、一致点を探り、協力関係を築くことにより、助け合いの精神育まれる。

「どんな悲しい ウワサも吹き飛ぶような 一途な瞳を信じていた」

恋とは、相手との違いを受け入れ、妥協点を探ることでもある。そのためには自分本位ではなく、いかに相手の心の中に入っていくのか、気配りや優しさが必要だった。

 松田町から、隣の秦野市へと移動した。前日の夕暮れ前に訪れた秦野駅構内の観光案内所にも立ち寄った。実のところ9月1日から事務所が、駅構内から駅南口のバスターミナル前の1階のビルの一室へと移っていた。新たに、水無川沿いの本町ファミリーマートが入った建物の一室を借りていた観光協会と統合した。スペースが広くなった分、事務室を兼ねる。地元の名産品の販売にも力を入れていた。

 昼時には、厚木市のぼうさいの丘公園を訪れた。先週から、こんもりと盛り上がった丘の上に設けられた園内で、「青空アート店」が開催されている。地元の小学校から団体、個人の作家さんまで、出展していた。ぽかぽか陽気に恵まれ、シートを広げてお弁当を食べる家族連れの姿があった。キッチンカーも出展し、祭の様相を呈していた。

 幸せそうな家族の様子から憂鬱になる。

歌詞:「今はまるで迷い道の中 二人は出口 探している」

 彼女とは、引越しで離れ離れになって以降、お互い方向性を見失い、今迷宮の世界に引きずりこまれてしまたようだった。再会さえ難しく、互いに別々の道を歩んでいる。

園内には、心の中の迷路に入り込んだ主人公に、微笑みかけるように、メルヘンティックな光景が繰り広げられていた。

 作品 青空ベンチ 作者南毛利小学校    作品 ホビット村へようこそ!
フォトフォトフォト

 青空ベンチは、紫や黄色、オレンジなど、デートするカップルをもてなすかのようにカラフルな色合いに染まっていた。まるで旅の主人公の青年と見えない彼女に用意されたようだった。

歌詞:「こんなにそばに居るのに 眠らないで Lov’in you 友達より遠く感じるのよ」

 もしかして、自分が嫌われたのだとおもっていたのかもしれない。本当は見守ってくれている。そう信じるべきだった。

 ホビット村へようこその世界では、野原を駆けるウサギが、芝の上でちょこんと座り、お客を待っているようだった。

「離れていく心に アクセル強く Ride away」

 立ち止まっていればば、相手との距離を縮められない。いかに誘い込むか、その決断が大事だった。

 「震えるほど見つめて もう一度 始めてみたい」
                             <Bメロ終わり>

  一時的に丘の上に出現する青空美術館は、非日常的な光景を作り出していた。新たな世界に触れて、決意が芽生えてきた。

 昼過ぎには秦野市内へと戻った。市中心の秦野駅から北へおよそ3km、西田原地区の田園地帯を巡った。一戸建ての民家が点在する開けた農地に、ふさふさとまるみを帯びたコキアが育っていた。小さなコスモスも花を咲かせている。
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 周囲には野菜の収穫期に入っていた。裏手には、真っ白い透明な花を咲かせる広大なそば畑が出現した。花言葉の「幸福」が示す通り、ソバ畑は、大らかで、寛大なヒトのように、、細長い茎に白い小さな可憐な花を咲かせる。一株、一株が密集して成長することにより、スケールが大きくなる。丹沢山麓の麓、秦野市は、日々花の種類が変わることにより、季節を感じやすくなった。

 第3章 11月3日(日)文化財ウィーク 4日(月・祝)生田緑地へ

 前日の雨がすっかり止み、3週間振りに丹沢山麓秦野市を目指して出発した。午前8時代に訪れたのは厚木市の飯山花の里、小鮎川沿いの盛り上がった大地の上に、地元の有志により、花を植えられている。丁度地元の団体が、花の販売を手がけるため、出展準備のため、机を移動し、テントを設営していた。春先は一面オレンジのポピーが咲きそろう。秋が深まる11月はキクの開花に重なった。畑の周囲に咲いていた桜が葉を落とす中、キクは黄色やピンク、紫など品種によって色合いが異なる。畑全体を見ると、ほぼ全ての株の背丈は均一で、丸く刈り込まれていた。まさに、天然のアート作品のようだった。
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先生と呼ばれていた方に話をうかがったところ、朝方冷え込むことにより、開花が進むという。まだ芽が出ていない株も散見された。さすがに桜の花のように、いっせいに咲いて散るようなことはなく、個体差があるという。本格的な紅葉シーズンを迎える前、キクの花が、茶色一色の畑地を色鮮やかに染め上げた。飯山花の里で活動する園芸家の姿を通して、自分を見つめ直す契機になった。


 次に向う秦野市は、文化の日に合わせて、毎年お寺の住職の理解を得て、貴重な文化財を無料公開している。初めに向かうのは、鶴巻温泉駅から西北へ徒歩10分、ロウバイの名所でもある極楽寺である。境内に咲くロウバイは、すっかり葉を落としていた。参道脇の暗室に、市の重要文化財「十一面観音像」が安置されていた。推定制作年代は平安時代、およそ一千年の時を経ても寺の住職によって、管理され、今に受け継がれていたのである。我々ヒトの生涯よりもはるかに長くこの世を見守ってきたお釈迦様に頭が下がる思いだった。
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 極楽寺から、西北へおよそ3,3km、龍法寺を目指して進んだ。弘法山公園の入り口付近に鎮座するお寺は、樹木に抱かれていた。お寺の住職が、来園者を直接もてなしてくれた。重要文化財に指定されたのは左上の木造不動明王立像、推定壮健年代は1590年の室町時代だという。
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住職によると、腕の部分が落ちて、一度修復したという。極楽寺と比べると、山の方に位置する分、湿気が多く、仏像の保管には厳しい状況だという。ここまでしっかりと残ったのが、不思議だったと答えてくれた。

 どの仏像も、彫り主の魂が込められているからか、畏敬の念を抱く。静かに手を合わせ、弘法山公園へ向って出発した。秦野市は高低差が激しく、本格的な登山に向けて、丘陵地帯でのハイキングから始める。道路脇まで飛び出した雑草から、赤い実をつけたカラスウリが顔をのぞかせた。フォト


ハートと同じく赤い実から花言葉は「誠実」、「良い便り」と演技の良さを感じられる。一方で「男嫌い」の花言葉から、別れてしまった彼女を想像した。
 一端秦野駅へと戻り、観光案内所で休憩した。棚に置かれていた「サイダー」や「ミネラル水」が目にとまった。2つの商品は、丹沢の湧き水が原料だという。そのブランド品「丹沢サイダー」は、炭酸成分は少ない。水の元は、ヤビツ峠の周辺羽根町だという。地下で十分ろ過された湧き水は、不純物が少ない。口当たりがよく、まろやかな味である。駅の南口から、秦野市民の日限定の無料シャトルバスに乗り、10月14日(月・祝)に続き、カルチャーパークのバラ園に足を向けた。11月3日は、文化の日に合わせて、子供たち用の
お祭が開かれ、出入りが激しかった。10月14日と同じく、気象条件はよく、逆光で撮影した。

左側はアイスバーグ 右側はブラス・バンド、
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白バラの花言葉は「心からの尊敬」、「あなたに染まる」、オレンジのバラの花言葉は「無邪気」、古くから、バラは高貴な女性にたとえられた。花言葉は、男性目線で語られている。花に彩られた生活をするうちに、清廉潔白になり、新たに視野が広がる。

 カルチャーパークから水無川の上流に沿って歩き、はだの歴史博物館を訪れた。文化の日に因み、普段は倉庫に保管している「ニホンオオカミの頭骨」が透明なガラスケース越しに公開されていた。
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大きな山に抱かれ、獲物のシカが数多い丹沢地域は、ニホンオオカミの格好の狩場だといえる。明治時代、我々人が狩猟目的で捕らえたことにより、数を大きく減らした。1905年1月23日に奈良県での目撃を最後に、情報は入ってこない。今伝説の動物とも化している。

 水無川のさらに先は、「戸川公園」、朱色だったコキアは、ゴールド色、つまりほぼかれてしまっていた。対照的にキクは咲き始めていた。厚木市飯山よりもやや開花は遅く、まだ蕾も多く残っていた。
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 キクのそばに林立するのは八重桜、ほぼ葉を落としてしまっている。園内の散歩道を彩る紅葉は、緑の葉を残していた。季節の変わり目に入っているとはいえ、今年は10月でも暑い日が続いた影響により、色づき具合がややゆっくりといえる。

 さて、11月4日(月・祝)に訪れた神奈川県川崎市多摩区生田緑地を紹介する。高台に位置する無料で公開されたバラ園、昨年と比べると、変化がある。新たに敷地内に川を模して、水色のビー玉と白い砂利石を並べた空間を作り出していた。等間隔に花びらが浮いた桶を並べておく。日差しがたっぷり降り注ぐ中、生きているバラと、川に浮かんだ桶をセットで撮影すると、西洋式庭園を切り取った1枚になる。
 
写真=庭園風に見える1枚     写真=品種クローネンブルグ
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元は2001年3月末日で閉園した向ヶ丘遊園の敷地内、新たに川崎市が管理を引き受け、ボランティアを募り、種巻きから剪定まで行った。来園者は、写真撮影しながら、時に香りを嗅ぎながら、午後のひと時を過ごしていた。

 敷地内のもう一つのスポット、岡本太郎美術館、今回特別展として1981年の画家「浅井佑介展」の会期にも重なった。その1枚である。

作品名=こんど会うときはもっと凶暴でありますように
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岡本太郎を真似て、眼光が鋭く、捉えた獲物をしとめるハンター目線だった。画家の作風は、時代の風潮と共に、作者の内面が現れるという。評価は人それぞれ、現代の漫画風のイラストも残していた。

 生田緑地から離れ、およそ2,5km北西に位置する生田配水地展望所で夜景撮影に備える。遮るもののない開けた空間は、風を真に受ける。視界は120度以上、東側の都市部から、北側の調布、三鷹市域まで見渡せた。周辺は閑静な住宅街、人々の生活観もより感じられた。

 写真=撮影時刻17時9分
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 11月3日(日)、旅の最後の舞台は、標高190mの渋沢丘陵の高台、10月13日(日)と14日(月・祝)は、震生湖に程近い、畑地から撮影する。一方11月3日は、同じ尾根伝いに東へ移動し、より高見から町を狙った。

 撮影日10月13日17時40分    撮影時刻10月14日17時32分
フォト フォト 

 10月から11月、花を求めた旅を通して、過去の恋を振り返った。古くから日本人は、身近な植物を鑑賞し、詩や句に残した。可憐な花を咲かせながら、命が短いからこそ、儚くて美しいのだった。恋も同じである。

 空が暗くなるにつれて、街の明かりによって、家々の輪郭がはっきりと見える。昼間無機質な町並みは、日暮れ時、電気の消費量が多い工場地帯やショッピングセンター街を中心に、ライトアップされる。

写真 撮影時刻11月3日(日)17時10分
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Cメロのサビの歌詞へ

「こんなにそばに居るのに 黙まらないで Lovin’you 出会った頃のように暑く激しく」

 昼間花に出会い、感性が磨かれることにより、恋人へ思いを寄せたくなる。時に激しい鼓動を感じた。今眼下に広がる町並みを見て、自分にも先がある、と方向性を改めた。

「あなたの汗 感じている 真夏のように Hold me tight」

 11月になっても、日差しが照ることにより、暑さを感じるようになった。さすがに陽が落ちると、半袖姿では寒くなる。朝晩の気温差が開くことにより、植物も季節の変わり目を察知し、冬支度を整える。空気が澄む秋は、空に雲ひとつなく、透明度が増す。刻々と移り変る町並みから、未来へ向って、突き進む若者の魂を感じた。

 「この手を離さないで」

 彼女から、そう呼びかけられているようだった。

 「この愛つかまえていて」

 待っているだけでは、自分自身変わらない。行動を起こすことにより、進むべき道が明らかになる。
                           <END>

 写真 撮影時刻2024年11月3日17時15分
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2024年は、2023年に続き残暑が厳しく、10月上旬東京都では、最高気温32度を記録した。真夏と比べると、湿度が低い分、シャツに張り付いた汗は、やがて乾いてしまう。開発が最小限に収えられた丘陵地には、今なお畑と民家が隣り合う里山が残されていた。自然の息吹を感じることにより、悩みや苦しみがいくらか和らぐ。気持ちを新たに、丘陵地を下り、秦野駅へと戻った。
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