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2024年05月22日11:24

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【ニュースよりショートショート】父のスケッチ

高齢者の運転ミスによる交通事故が多発している。
政府は75歳以上の運転免許を強制返納させる政策に出た。
しかし自家用車を失った高齢者は病院にも、買い物にもいけなくなる。
足腰が弱る高齢者層には手厚い交通手段が必要だ。
そこで行政は、「運転免許を強制返納」と「ライドシェアの導入」を高齢者対策の両輪とした。
高齢者には格安で「ライドシェア乗り放題券」を配布し、その費用は税金より補填した。

「なんでら?俺はま〜らボケちゃいねーて。」
「ここまで無事故の優良ドライバーらよ。そんな俺も免許返納しんばねんろっか?」

いつもは温和な父も、運転免許強制返納には納得がいかないと頑なだった。
しかし国の政策は問答無用に75歳以上の運転免許を取り上げた。

運転が大好きで自信も持っていた父は、しばらくはいじけたように家から出ようとしなかった。
なんだか急に年老いてしまった。
しかし、いつまでもそうしている訳にも行かず、「ライドシェア」に電話をした。
病院から帰った父は、不思議と上機嫌で
「若〜け男の子が運転してくったわ。その男の子、美術の先生になりたいんだって。ニコニコして良い子らったわ。また乗せてもらう約束してきたて。」

退職後、老後の楽しみに父は絵を描き始めた。
「湖のある公園」まで運転して、絵を描くのが日課になっていた。
運転免許返納は父から絵も奪ってしまっていたが、「若〜け男の子」との出会いが父に活力を取り戻させてくれた。
「わ〜け男の子」はタナカくんという名前で、父の言うとおりに、私にもニコニコと挨拶をくれた。
それから、また父はタナカくんに送り迎えをしてもらって「湖のある公園」に通うようになった。
毎日、ハガキサイズの小さなスケッチをタナカくんにプレゼントしては『上手ですね〜』って褒めてもらったとご満悦であった。

ある日、また一枚の絵を見せた。
いつものように、私に絵を褒めてもらいたいんだな。上手いだろうって自慢したいんだな。と面倒くさそうにその絵を眺めた。
しかし絵のタッチがいつもの父の絵とはまるで違う。
「今日はタナカくんからスケッチをもらったんて。車の中からさっと描いたってさ。さすが先生らな〜。上手いよな〜。」
湖のスケッチをしている父を、タナカくんは車の中からスケッチしたのだ。
小さな椅子に座り、キャンバスに向かう父、右手に筆を握って、左手には缶コーヒー。
私の知らない父の活き活きとした時間が切り取られていた。



それは突然だった。
父を乗せたタナカくんの車が暴走した。

父の葬儀には何枚かの父の絵を飾った。
「お父さん、いい絵を描いてましたね〜」
弔問に来てくれた人達は口ぐちに言ってくれた。
褒められると調子に乗る父の笑顔が浮かんだ。
右手に筆を握って、左手には缶コーヒー。
父の得意そうに照れた父の笑顔が浮かんだ。


タナカくんは入院中だ。
命に別条はないが右腕を折ったらしい。
また絵を描けるだろうか。
またあのニコニコとした笑顔を見れるだろうか。
父のスケッチを、
父がプレゼントしたスケッチを、
どうするのだろか。





※補足資料

警察庁「令和5年中の交通事故の発生状況」
免許所有者10万人当たりの事故件数は
16歳〜19歳 1025.3人
20歳〜24歳 589.5人
25歳〜29歳 418.6人
一方
65歳〜69歳 312.7人
70歳〜74歳 345.5人
75才〜79歳 387.9人
80才〜84歳 432.6人
85歳以上 519.9人

高齢者にペーパードライバーが多いという事を考慮しても。高齢者の運転は危険で、若者の運転は安全運転だという思いこみは危険

だと考える。



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【ニュースよりショートショート】一覧
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987545091&owner_id=21933076



■認知症の症状、車の鍵も取り上げたのに… 免許返納を拒んだ90歳父が交通事故も「俺は悪くない」そして要介護に 家族の苦悩
(まいどなニュース - 05月22日 07:20)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=262&from=diary&id=7870863
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