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2024年05月19日15:33

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【やや長文、ネタバレ回避】一見変化球の恋愛映画『不死身ラヴァーズ』が360度回って真っ当なラブストーリーだった、という話

久しぶりのテキストです。
(以降、敬称略で書き進めます。また随時加筆修正するかもしれません)
5月の実写日本映画は事前からかなりの豊作だという予測はしており、
2月公開に激賞した『夜明けのすべて』に迫る作品は現れるのか!?と期待していましたが、
自分が最も高く評価するのは、シネフィル界隈で話題の『悪は存在しない』ではなく、
松居大悟監督作『不死身ラヴァーズ』ということに定まりました。
ただ興行収入的にはイマイチ伸びていないようなので、
誰に読まれるわけでも無いテキストをあげて、その魅力に迫ろうというテキストです。

まずこの映画の概略について。
原作は『進撃の巨人』諫山創のアシスタントを務め、この映画の原作が初連載となった高木ユーナ。
この作品は実は連載打ち切りとなり、結末めいたプロットを世に出せずにいたが、
松居監督は映画化を熱望し、10年以上構想を温めていたという。
そのプロットを松居監督に差し上げると言うのだから、熱意が伝わったのだろう。
原作を大切にしてくれる松居さんに『不死身ラヴァーズ』をあげようと思った | NiEW
https://niewmedia.com/specials/undead-lovers/2/

松居監督といえば、伊藤沙莉の魅力を確定づけた『ちょっと思い出しただけ』が著名、
その他にも様々なアーティストのミュージックビデオを手掛けてもいるが、
自分の中で注目するきっかけとなったのが『#ハンド全力』だった。
熊本地震で被災したことをネタに、ハンドボールでバズることを狙う高校生という、
ちょっとひねた作風は、この監督のオリジナリティといっていいだろう。
ちなみにこの作品には、熊本出身の芋生悠も出演しているが、
彼女は自分とちょっとした縁が(というと松居監督もだが)…というのはまた別の話。

監督についてはこの程度で、キャストについて触れると、
主演は見上愛、ルックスが小松菜奈に似てるとGoogleにメンションされることで有名だが、
出演としてはJRAのCM、もしくは大河『光る君へ』で知られるところだろうか。
この見上愛、元々は舞台観劇で演出に興味を持ったとのことだけど、
女優としても一角の魅力を持ち合わせていることは明らかであろう。
また助演としては、『正欲』で繊細なキャラクターを演じた佐藤寛太、
そして見上とはテレビドラマ『往生際の意味を知れ!』でW主演を担い、
20代前半ながら精力的に出演を重ねている青木柚、この2人が脇を固める。
そして松居監督にとって欠かせない音楽を担当したのは、澤部渡(スカート)。
彼が手掛けた主題歌がまた効いてくるのだが、それについては後述する。


さて概略はこのあたりにして、本編について触れていこう。
あらすじについて、ネタバレを回避するため、公式HPから引用させて頂く。
>長谷部りのは、幼い頃に”運命の相手”甲野じゅんに出逢い、忘れられないでいた。
>中学生になったりのは、遂にじゅんと再会する。
>後輩で陸上選手の彼に「好き」と想いをぶつけ続け、やっと両思いになった。でも、その瞬間、彼は消えてしまった。
>まるでこの世の中に存在しなかったように、誰もじゅんのことを覚えていないという。
>だけど、高校の軽音楽部の先輩として、車椅子に乗った男性として、バイト先の店主として、
>甲野じゅんは別人になって何度も彼女の前に現れた。その度に、りのは恋に落ち、全力で想いを伝えていく。
>どこまでもまっすぐなりのの「好き」が起こす奇跡の結末とは――。

このあらすじを読んで、この”結末”を容易に想像することは難しい。
さらに言うと、この作品を鑑賞した後でも、結末について戸惑ってしまうかもしれない。
恋愛がテーマである一方で、ファンタジーを交えた設定により、
鑑賞者はどこか煙に巻かれたような印象を持つからだ。
それはこの作品が、典型的なラブストーリーとは一線を画していることにある。
本来的に恋愛とは、”恋情”という自分の利、”愛情” という相手の利を統合しているが、
世に出る多くのラブストーリーは、自らの利という部分を隠そうとする。
エゴの部分を見せつけることは、鑑賞者自らのエゴを浮き彫りにしてしまうからだ。
ということを考えている中で、一昔前のヒット曲にはなるのだが、
Mr.Childrenの「シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜」を少し想起した。
この曲の主題的なところとは少し異なるが、恋という感情のおどろおどろしさが表れている。
まさに見上愛演じるところの”長谷部りの”はそのような恋情の権化であるようだ。

この作品は一方で、人間の記憶もまたエゴイスティックであることを扱っている。
この部分は映画の核心部分なので深くは触れられないのだが、
一般論としても、人間は自身の都合良く周りの事象を記憶に残しがちである。
例えば、自分はスポーツ観戦が好きでサッカーもちょくちょく観るのだが、
激しい接触プレーがあったときも、自分が応援している方に肩入れしがちだし、
相手選手の顔が憎々しげに見えたり、荒いプレーをやっているように確信してしまう。
このように、記憶にバイアスがかけられているのも、この作品のギミックになっている。

とここまで述べていくと、『不死身ラヴァーズ』はラブストーリーでないのか?
と見えて、実は裏側から恋愛についての真理を突いているように私は感じた。
それがこの作品の後半、原作では打ち切りによりプロットのまま残されながら、
実写化にあたって原作者から松居監督に託された部分にあると考える。
りのが恋に落ちる瞬間、胸が鼓動を打つ描写が度々あるのだが、
いかにもそのシーンであるはずなのに、それが描かれないシーンが出てくる。
それこそ松居監督が表現したかった、恋の正体なのではないかと思う。

松居大悟 @daradaradayo
千年女優に重ねてしまう方も。千代子ファンも見てください。
https://x.com/daradaradayo/status/1791091710963159238

実は自分が1回目に観たときも、今敏監督のアニメ映画『千年女優』を想起した。
様々なシチュエーションの恋愛はまさにそのオマージュと言えるし、
駆け抜ける長谷部りのの姿は、雪中を追いかける千代子を思わせた。
ただこの作品のポイントであり、松居監督が描きたかったのは、
りのが心折れかける場面をしっかりと描き切ったことにある。
“過去”の恋は甘美な思い出になりうるが、届かない”今”の恋は苦しみでしかない。
そこに千代子と長谷部りのの違いがある。
『不死身ラヴァーズ』の後半部分では、過去でも未来でも無く、今を生きる、
そういう意味合いのセリフが度々投げかけられている。
その心折れかけたりのに対し、青木柚演じる田中であり、
また前田敦子演じる叶美が、エゴイスティックに恋するりのを肯定することで、
再び長谷部りのは走り出すことができたのだ。

恋愛という感情の刹那性を表現する象徴的なシーンが2カ所ほどあるが、
その部分に流れる曲こそ、GO!GO!7188「C7」である。
『不死身ラヴァーズ』とGO!GO!7188の“奇跡的偶然” | J-WAVE NEWS
https://news.j-wave.co.jp/2024/05/content-3052.html
この曲を、実際に学生時代の見上愛がカバーしていたことはまさに必然性であり、
この作品が恋愛をテーマとするならば、(もちろん原作者が納得している上で)
原作の設定から変更したとしても、それもまた必然だったと言えるだろう。
この映画は360度回って、真正面から描いたラブストーリーなのだ。

原作からの改変で残念な出来事が起き、大きく報道されて日を置いていないが、
本質を見失わず、お互いの意図を通じさせることが出来れば、
昇華された作品として世の中に届けることができるはず。
そのこともまた、この『不死身ラヴァーズ』は示してくれている。
この主題歌のMVを観れば、如実に感じ取ることができるだろう。
スカート - 君はきっとずっと知らない [Official Music Video]
https://youtu.be/NPjKPZ8sxDM?si=Bxb5h9QJWsf584dZ
映画の中では出会っていない2人、筆を執る原作者、そして主題歌アーティスト。


これ以上はネタバレ無しでは特に話せることもないのだが、
映画の幕切れをどう捉えるかは、観た人により解釈の分かれがあるだろう。
ただ、それが現実か空想かはさして重要ではないと、この作品は示している。
それが恋愛の刹那性であり、哀しさであり、美しさでもあるのだ。
「君はきっとずっと知らない 私だけが忘れないことを」
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