さて、海石榴はこれまで広重の「東海道五十三次」は、真似から生まれたと述べてきました。では、なぜ真似ざるを得なかったのか。それは、広重の置かれた状況によるものです。広重は御家人という下級武士の生まれで、定火消同心を務めていました。家禄は300俵ニ人扶持で、これは現代でいうならおよそ300万円前後の給金です。
えっ、300万円なら物価の安い江戸時代なら暮らせるっしょ？
とんでもない。広重の家は、八代洲河岸（今の東京駅八重洲付近）にあった定火消屋敷（幕府から与えられ、家賃ゼロ）でしたが、祖父、祖父の後妻、祖父の息子、広重の妻、そして広重自身と5人家族なのです。これでは、武家として、ちとつらい。
で、やむなく歌川豊広という師匠につき、ほんの内職気分で絵の道に入ったというわけです。広重は旅行好きでしたので、本当は東海道をスケッチ旅行して五十三次の絵を描きたかったらしく、版元の保永堂にその旨、相談したものと思われます。
ところが、その保永堂はそもそも質屋が本業で、版元業はまだ駆け出し。つまり、保永堂自身、広重をスケッチ旅行に送る資金がなかったのです。
で、保永堂は広重にこんなふうに言いました。
「あのー、ここにアンチョコがあるんですけどね。これを手本に描いておくんなせえよ。ま、スケッチ旅行は金ができたらということで……へへっ」
広重はやむなく司馬江漢の肉筆画や、東海道名所図会などを参考に描きはじめました。ところが、これが爆売れしたものだから、版元の保永堂も広重自身もビックリ。それから、あれよあれよという間に人気絵師に昇りつめたというわけです。
今回も長くなりました。この続きは次回とさせてください。次回は真似ることが、全然、問題でも、悪いことでもなかった当時の状況について書きます。
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