もう3月に入ってます
大概、月曜日の残業は無い事が多いんですが昨日は1時間残りました
今は、卒業式やなんやかんやらで欠席者が多いので仕事が回らないですよね
18時に終わって片づけていると携帯に着信アリの表示が
病院からでした
かけなおして先生から「今後の相談をしたいので今から来れますか?」
との事
怖い・怖い・怖い
遂に「その話し」です
血小板の数値を上げて手術を成功してリハビリにと言う流れ
相変わらず血小板の数値が少ないので「抗がん剤」は打てない
それと脳が時々3歳児ほどの能力しかなく 幻を見てる時がある
会話がかみ合わない 多分、手術しなかった腫瘍が悪さをしてるのかもしれない
気分が乗らないとリハビリを断る
どうしようも無い状態です
手術をした時点で自分の腹は決まってたのかも知れません
出来るだけの事はしてあげた
自己満足かも知れないが・・・
「今週中に転院を考えてます」
系列の病院で平成記念病院と国保を進められました
平成記念病院は最初に診てもらって「乳がん」を「炎症性○○」との診断
を下された病院 見分けがつきにくいそうだが・・・
それと「カミさん」の伯父が亡くなった病院
極めつけは隣の奥さんが病院内のコンビニで働いてる
だから 嫌だ
田原本の国保に決めた
ホスピスが有る
田原本は生まれ育った所
近所に「カミさん」の親友が居る
帰りしなに先生が「会っていかれますか? 時間外ですが私が同伴なら入れます」
最初は、未練が残るので断ったが もう一度言われたので会って帰って来た
本人は自分の顔を見るなり驚いてベッドを起こした
嬉しかったんだろうね
待ってたんだろうね
「カミさん」に転院の話しをした
「私は何処でも行く 頑張んねん」と言ってました
諦めない、この言葉を聞いたら もうあきませんわ
気丈に振舞い 子供たちにラインをいたけど
この日記を書きながら「カミさん」の姿を思い出し 涙を流してます
寝て、起きて まだ夜中
長い夜が続いてます
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