（この題名は、フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』のオマージュのつもりである）
孤立した褐色矮星「W1935」でオーロラが発生している可能性 理由は謎
https://sorae.info/astronomy/20240121-w1935.html
今回の現象はジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡（JWST）が観測していた、恒星の周囲を回らずに恒星間空間を漂っている孤立褐色矮星W1935で発見された。
地球のオーロラは太陽から来るプラズマが地球の大気に衝突する事で発生する。普通に考えると系外惑星や褐色矮星のオーロラも原因はそのはずで、恒星のない空間にある天体になぜオーロラが生じるのかは謎である。しかし世情に疎い私は、褐色矮星のオーロラを観測できるという事実に、まず驚いた。
系外惑星のオーロラは既に発見されていると考えられている。昨年4月、太陽から12光年の距離にある系外惑星くじら座YZbでオーロラが観測されたという報道があった。
https://forbesjapan.com/articles/detail/62280
これは今回のJWSTではなく、ニューメキシコ州にあるカール・ジャンスキー超大型干渉電波望遠鏡群（VLA）による観測である。ただしオーロラを直接観測した訳ではなく、くじら座YZ星のプラズマが惑星YZbの大気に衝突した事によりYZbの持つ磁場がプラズマと相互作用して発生した電波を観測したそうである。
https://sorae.info/astronomy/20230412-yz-ceti.html
惑星磁場に恒星プラズマがぶつかっていることになるので、オーロラも発生していると考えられるわけだ。ただしあくまで間接的な証拠である。
今回の発表はそれより直接的なもので、JWSTが褐色矮星W1935の大気中のメタン分子から発する赤外線を観測したという。褐色矮星は恒星よりはるかに温度が低く、赤外線の波長で光を発している。この光が褐色矮星を包む大気を通過するとき、大気の分子が特定の波長の光を吸収して、スペクトル線の吸収線として観測される。これは温度が高いか低いかの違いだけで、恒星と同じである。
恒星と同様、この吸収線の観測によって、褐色矮星の大気の成分を知る事ができる。JWSTはよく似た性質の褐色矮星W1935とW2220を観測し、後者ではメタンによる吸収線が観測された。低温の褐色矮星は大気にメタンを多く含むことがわかっており、W2220では予想どおりのメタン大気が確認されたのだが、W1935では逆に、メタン分子が強く赤外線を放射しているのが観測された。これは大気中のメタン分子が励起されている事を意味するので、オーロラを観測したと判断したそうだ。
今回の記事によるとオーロラ発生の考えられる原因は三つある。
(1)W1935の衛星に火山活動などがあって、衛星から放出された物質が褐色矮星の大気に衝突してオーロラを生じた。
これは木星のイオや土星のエンケラドスでも起きている。衛星の火山活動やプルームから噴出した物質粒子は、雷雲の中の水分子が帯電しているように電荷を帯びていると考えられる。
この件は以前考えたことがある。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986571485&owner_id=62927979
帯電した粒子が褐色矮星の大気に衝突すれば、確かにオーロラの発生原因になりうる。
（しかし褐色矮星を周回する天体なら「衛星」ではなく「惑星」のような気もする。定まった用語はあるのだろうか）
(2)W1935内部の熱源が大気を加熱してオーロラを生じた。
褐色矮星では核融合反応は生じないと考えられるので、熱源としては星の重力による収縮で生じた熱エネルギーが考えられる。
しかしシミュレーション結果から、W1935の大気には気温の逆転現象が起きていると考えられている。つまり大気の下層ほど温度が低い事になるので、大気の内側の熱源により生じるという仮説と矛盾する。この温度逆転は逆にオーロラによる大気加熱の結果と解釈する方が自然だ。実際、木星と土星ではそのような現象が起きているという。
(3)星間プラズマとの衝突によってオーロラが生じた。
恒星がない空間での荷電粒子の発生源としては最も有力である。
恒星間宇宙を流れているプラズマは太陽が放射するプラズマに比べて遙かに微弱だ。このプラズマ強度の違いから、太陽プラズマは星間プラズマを押しやって太陽から遠ざけている。このため星間プラズマは太陽系の内部には入り込めない。
太陽プラズマは太陽から遠ざかるほど弱くなるので、太陽系のはるか外側、太陽からおおよそ100天文単位（150億�辧砲里箸海蹐法�太陽プラズマと星間プラズマの圧力が等しくなる距離がある。それより外側では太陽プラズマは星間プラズマに妨げられて進行できず、太陽を囲むゆがんだ風船のような領域を形作っている。この風船の内部を、太陽活動の影響が及ぶ範囲という意味で太陽圏と呼び、太陽圏と星間プラズマの圏界面はヘリオポーズと呼ばれる。2012年8月25日に、ボイジャー1号が初めてヘリオポーズを通過し、太陽圏の外に出た。この時の距離は約120天文単位だった。
ヘリオポーズが太陽からこんなに遠方にあるのは、星間プラズマが太陽プラズマと比べてどんなに弱いかを物語っている。だから太陽系でオーロラが発生する惑星――今のところ知られているのは地球と木星と土星だが――もし仮にこれらの惑星に星間プラズマが到達できたとしても、オーロラ発生のエネルギー源としては太陽プラズマの影響が圧倒的であり、星間プラズマはオーロラにほとんど影響を及ぼすことはないだろう。
しかし恒星がない星間空間を漂っている孤立褐色矮星では、星間プラズマの微弱な荷電粒子でもオーロラの発生源になりうる。
私が連想したのはチャールズ・シェフィールド「放浪惑星」(『マッカンドルー航宙記』1983年に収録)だった。この中編は地球型の孤立惑星が舞台で、普通の天文現象では考えられないような極端に微弱な刺激が惑星全体に及ぶ変動を引き起こす。この作品を読んでいたので、周囲に大きなエネルギー源がない孤立した褐色矮星では、通常の惑星系と比べて非常に弱いエネルギーでも発生原因になり得るとイメージするのは容易だった。
（SFを読んだことが、科学記事の理解に役立つこともあるわけだ。だから私は、科学の報道に「もはやSFではない」の如き言説があると頭にきたりもする）
今回観測されたオーロラの温度は約200℃で、観測された最も低温のオーロラだそうだ。このような低温の現象が星間プラズマのような微弱なエネルギーにより発生したと考えるのは理に叶っている。
という訳で私の予想は(3）である。
しかし、ただ低温というだけではイメージがつかめないので、ウィーンの法則を使って、オーロラの光の波長を考えてみた。
式を忘れていたので検索した。天文学辞典で「ウィーンの変位則」
https://astro-dic.jp/wiens-displacement-law/
を引くと、ウィーンの法則は波長λ(メートル）、温度T（絶対温度K）として、
λ・T＝2.8978×10^-3(m・K）と書けることがわかる。
ここからW1935のオーロラの光の波長は
λ＝2.9×10^-3/(200+273)=6.13×10^-6m
となる。すなわち波長約6マイクロメートルになる。
可視光線の波長は約400から800ナノメートルの範囲であり、波長6マイクロメートルの電磁波はいわゆる遠赤外線（波長4μｍ〜1ミリメートル）になる。
したがってこのオーロラはただ低温というだけでなく、人間の目には見えないことになる(JWSTが赤外線で観測した現象なので、最初から分かってたことだが)。ただし温度200℃の遠赤外線なら、オーロラのごく近くに寄れば、暖かさを感じることはできるかもしれない。
……さて、本当にそう言えるだろうか。もう少し考えてみよう。
高温の気体というと炎を連想するが、最も身近な炎というとガスコンロだろう。
様々な火の温度
https://katakago.sakura.ne.jp/chem/fire/ondo2.html
を見ると、ガスの炎は約1700℃である。
上記事によると「ふつうの炎の生ずる最低温度」は約400℃らしい。つまり200℃の気体は火の形をとれないくらいの低温ということになる。
それに気体の熱量は温度だけでなく密度も関係する。今示した日常的な炎は当然、1気圧の気体であり、オーロラが発生する大気上層部は気圧がはるかに低いので、同じ温度でも地表の場合に比べて熱量は微弱になる。（逆に言うと、希薄な気体は僅かなエネルギーでも高温に加熱されることになる。オーロラの発生を考えるにはこのイメージが大事である）
地球のオーロラの生じる高度は約100〜500�劼世箸いΑ�
https://kyokuchi.or.jp/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%80%8C%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%A9%E3%81%8B%E3%82%89%E5%AE%87%E5%AE%99%E7%92%B0%E5%A2%83%E3%82%92%E7%9F%A5-2
オーロラは大気の励起現象だが、気体が希薄なほど弱いエネルギーの電子でも励起を起こせるようになる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%A9
一般にイメージされる緑色のオーロラは大気のかなり下層で生じるもので、比較的濃い大気を励起するので、電子のエネルギーがかなり大きくなければならない。だから太陽活動が活発にならないと発生しない。
今回の褐色矮星の場合はどうか。星間プラズマにより発生したとすれば、電子のエネルギーも相当微弱だろう。つまり地球で考えると、大気の高い層に生じるものに相当する。高度500km付近のオーロラに近いと考えてみよう。
高度500�劼箸いΔ函�地球の大気だと熱圏に相当する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%B1%E5%9C%8F
地球の熱圏は太陽からくる電子などを吸収して高温になり、2000℃を超えることもある。しかし褐色矮星の大気を加熱するのが星間プラズマだとすると、非常に希薄なのでこんな高温にはならないと考えられる。実際、今回観測されたオーロラが200℃ということは、大気の温度もその程度ということになる。
次に高度500�劼竜ぐ気呂匹里�らいかを考えてみよう。温度一定の場合、気圧は高度の関数として指数関数的に減少する。地球の場合、高さ16�劼瓦箸傍ぐ気�1/10に減少する（田中博・伊賀啓太『はじめての気象学』P34）。
現実には気温は高度によって大きく違うが、単純化して等温大気で考えると高度500�劼�
0.1^（500/16）=5.6×10^-32気圧
となり、人間の感覚では真空と全く区別がつかない。実際には非常に高温だが、その影響はどうなるか。温度が高いほど気体は膨張する。したがって同じ高度なら高温になるほど気圧はさらに低下するだろう。だからやはり、「ほとんど真空」というイメージで考えて問題ないことになる。
ここまで考えたところで、褐色矮星W1935に戻ろう。要するにこの星のオーロラは、大気の非常に希薄な高層で生じるはずである。地球のオーロラから類推すると、その高度の大気はほとんど真空に近いだろう。W1935の大気の主成分がメタンだったとしても、この結果に大した影響はない。メタンの分子量は約16で、地球大気の平均分子量は約29である。
https://irokata7.com/2020/01/07/nk1-mol-avogadro-4/
巨大ガス惑星は地球型惑星の大気よりも軽い気体を主成分としている。ガス惑星より質量が大きい褐色矮星ではこの傾向が一層強まるだろう。だからW1935の大気も、地球大気より軽い元素が主成分と考えられる。したがって、地球の場合より気圧が高くなる条件はない。
オーロラを励起するプラズマのエネルギーが太陽プラズマより遙かに弱いことからいっても、オーロラの生じる大気は地球の高度500�勸幣紊亡�薄でなければならないだろう。したがってやはり、このオーロラは真空に近い大気中に生じる。だから温度200℃でも、熱量はほとんどない。人間がW1935を訪れたとして、このオーロラの中を通り抜けても、全く熱は感じないだろう。そのうえ可視光線から外れた遠赤外線で光っているので、目で見ることすらできない。
要するに「何も気づかない」という事になる。
これで一応の結果が出た。私の褐色矮星W1935訪問も、これで終りである。
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