自分は祖父も父も敬愛し、尊敬している
しかし、自分は祖父や父ではない
因って、祖父や父と多少の考え方の相違は有る
祖父は否定していたが、自分はそうは思わない
自分が演じる尾上菊五郎の兄さんに稽古して頂いた現代の通説では外連を抑えた体とされている音羽屋型
そして、彼の家の型
両方が共存して、今後の歌舞伎、後輩達、息子達、まだ見ぬ孫達の世代に残ってくれればいいと望む
色々な型が存在する事は、各々演じる役者に課せられる責任は重大ではあるけれど、自分はいい事、価値の有る事だと思う
こんな時期に彼の得意演目の一つであるこの狂言を演るのも何の巡り合わせか
彼の事が一片も頭を過らないと言うのは嘘になる
自分は彼の様に器用ではない、不器用だ
また、後の源九郎狐が彼程、自分の仁にあまり適さない事も承知している
しかし、不器用は不器用なりに懸命に
菊五郎の兄さんに教えて頂いた音羽屋の型を改めて胸に刻み、変えず大切に演じつつ、型は全く違えど彼の事も心に思いつつ、役の性根の情愛を以って千穐楽まできっちりと勤めたい
「前時代的だ」、「新しさが足りない」と言われようが「派手さは足りない」と言われようが、自分は菊五郎の兄さんから教わった音羽屋の家の型の根本、基本を変えていないつもりだし、今後も変えるつもりは無い
それが礼儀なんだと思う
革新的もいいし、“古き良き”もいい
何を選ぶかはその人次第
自分の様な考えを持つ者が一人位居てもいいじゃないか
気に召さずば直に言って来ればいい
自分はただ、ベスト尽くすだけ
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