大学2年の冬、住んでいた木造アパートが全焼という災難に遭ったが、それよりも衝動的であったのは、母校である兵庫県立八鹿高校で起きた部落解放同盟による教師への集団暴力事件であった。正義を振りかざす集団ほど、抑制が利かず恐ろしいものはない。
昭和50年当時の兵庫県は部落解放同盟と厳しく対峙していた。坂井時忠知事は、行政自らの主体性確保を絶対に譲らず、同盟の窓口一本化要求を断固撥ねつけた。信念の人とはこのような人を言うのであろう。行うべき時にしなければ、そのツケは必ず回って来ることを、最近の自治体同和行政を見ていると痛感する。
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