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2023年02月13日19:15

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「新・八犬伝」大好きでした

小学一年生になった4月から放送から始まった、夕方「こどもニュース」の後に放送された「新・八犬伝」が大好きでした。

「仁、義、礼(禮)、智、忠、信、孝、悌」の8文字の浮かび上がる水晶玉を持つ犬士達を求めて旅をする丶大法師、里見家に祟りを及ぼし呪い続ける玉梓が怨霊、役行者、網干左網二郎等々が入り乱れる大河ドラマに手に汗を握ったものです。

漢字に興味を持って当用漢字以外の漢字も食指を伸ばしてみたり(当時はまだ旧漢字が掲載されている文献も辞書も多かった)、学校の図書館にも通い詰めたものです。
当時もう一つハマっていたのは江戸川乱歩でした。

閑話休題 ←これも、ノベライズされた「新・八犬伝」で毎回使われていました。

16年ぐらい前の夏、千葉の館山へ旅行した帰りに東京の人形町にある辻村寿三郎さんのアトリエ(公開していた)にお邪魔した事があり、寿三郎さんがいらしたので少しお話をしたことがあります。

「新・八犬伝、三本ほどしか映像が残ってないようですね」と切り出すと「そうなんだよ。今ならまだ改めて新・八犬伝をやるだけの元気はあるんだけどね」と仰られていたのが印象的でした。
丁度そのころ、NHKが「ひょっこりひょうたん島」をリメイクしていたのです。

展示してあった犬塚信乃の人形が少し私の記憶とは違ったのでお尋ねしたら、「それは信乃の一晩若い頃の人形なんだよ」と。
犬塚信乃は八犬士の中でも初っ端に登場するので、都合4体作られたと伺った。
収録の際も4体を駆使した特殊な撮影もされていたんだろうな。
犬村大角(犬村角太郎)は2体あって、1体は熱心なファンの手元にある話も伺った。なんとも羨ましい!

一方で犬江親兵衛は、最後の最後に登場したので1体っきり。そのたった1体の親兵衛は、「新・八犬伝」に続く人形劇「真田十勇士」の猿飛佐助に改造されたので、親兵衛の状態では現存しないんだとか。

私のような「新・八犬伝」の残像を求めてアトリエを訪れるファンは後を絶たなかったはずなのに、丁寧に説明してもらったものです。

現存している映像は、たった4本(内、1本はDVD化された後に発見された)のVTRと、初期のダイジェスト版の映画版1本。
映画版は 当時「東宝チャンピオンまつり」の為に作られたモノで、当時子供ながらに「随分と粗っぽくダイジェストにされちゃったなぁ」と思っていたけれど、後にソフト化さるたものを観たらなかなかこれはこれでコンパクトに良くまとまっていて良く出来ていると。

再び、閑話休題

広島県の三好市にアトリエを移転されたのも知っていて、三好市は仕事の都合でよく通っていた時期もあったので、いつか訪れたいなぁと思っていたのどけれど・・・

ただただ、ご冥福をお祈りするばかりです。

合掌




■辻村寿三郎さん死去=「新八犬伝」人形作家、89歳
(時事通信社 - 02月13日 14:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=7299172

NHKの人形劇「新八犬伝」などで知られる人形作家の辻村寿三郎(つじむら・じゅさぶろう)さんが5日午後11時27分、心不全のため広島県三次市内の病院で死去した。89歳だった。旧満州(中国東北部)生まれ。葬儀は関係者で行った。喪主は二代目寿三郎の川崎員奥(かずお)さん。

 1944年広島県に引き揚げ、戦後、人形制作の道に進んだ。上京して小道具製作会社に就職し、26歳で独立。辻村ジュサブローの名で、70年代に人気を博したNHKの連続人形劇「新八犬伝」「真田十勇士」の人形美術を担当した。

 舞台衣装のデザインなども手掛け、演出家の故蜷川幸雄さんの作品ではアートディレクターを務めた。2000年に改名し、本名の寿三郎を名乗っていた。
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