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2022年09月27日23:56

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言えるのは、「晋三さんを国葬で無事に送ることができた」ことか。

菅前首相「国葬」で声震わせ安倍元首相追悼 政権支えた7年8ヶ月を振り返り「私は本当に幸せでした」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=7126254
参議院選挙真っ只中のこの7月8日、奈良県の近鉄奈良線大和西大寺駅前での応援演説中に銃弾に倒れた安倍晋三元首相の国葬(国葬儀)が東京の日本武道館で執り行われましたね。式では、第2次安倍晋三政権で官房長官を務めた菅義偉前首相が友人代表として「追悼の辞」を述べ、声を震わせながら67歳にして「暗殺」という形で世を去った晋三さんを悼んだとのことで、仕事帰りに聴いたNHKの夕方のラジオニュースで、声を詰まらせながら語りかけたその一部が流れましたが、憲政史上最長の期間に内閣総理大臣を務め、内政、外政それぞれで数多くの業績を残した晋三さんが、かくも理不尽な銃撃で殺害されたという、日本の国民が共有している(はずの)“無念さ”が、ラジオから流れるその一節から感じ取ることができました。
記事では、菅義偉前首相による「追悼の辞」が紹介されていて、曰く「7月の8日でした。信じられない一報を耳にし、とにかく一命をとりとめてほしい。あなたにお目にかかりたい、同じ空間で、同じ空気を共にしたい。その一心で現地に向かい、そしてあなたならではの温かなほほえみに最後の一瞬、接することができました。天はなぜ、よりにもよってこのような悲劇を現実にし、命を失ってはならない人から、生命を、召し上げてしまったのか。悔しくてなりません。哀しみと怒りを交互に感じながら、今日のこの日を迎えました」と語りかけ、晋三さんが体調不良(潰瘍性大腸炎など)で一度内閣総理大臣に就きながらの辞任を経て、10年前の平成24年9月26日(なんと10年前の昨日)に行われた自民党総裁選への出馬をためらっていたという話題に及び、「最後には2人で銀座の焼鳥屋に行き、私は一生懸命、あなたを口説きました。それが使命だと思ったからです。3時間後にはようやく首を縦に振ってくれた。私はこのことを、菅義偉生涯最大の達成として、いつまでも誇らしく思うであろうと思います」と語ったことを紹介していますが、「元首相」ながら、民主党(当時)政権下の総裁選に出馬し選出され、その後の衆議院選挙で自民党が大勝して与野党逆転、約8年弱に及ぶ第2次安倍晋三政権下の“治世”のもと、日本の活力がよみがえった感じがあったのですが、やはり、あのような惨劇の犠牲になるとは、と、改めて感じます。
何にしても、国葬が無事に執り行われたことは良かったと思います。ただ、訳のわからぬうちに急増した感じのある「反対意見」の影が尾を引いた感が否めない状況だったのが、なんとも残念ではありましたが。改めて、合掌。
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