宗教の本来は自身の幸せの為に行うものと思ってます。
ホントこの手の信者って理解できないんだけど
とりあえず献金するお金を持ってたってのはわかる。
献金して幸せな気分で天寿を迎えたんなら
別にいんじゃね?ってのが私見。
宗教法人に課税されないのは別問題として
自分の人生で自由に使えるお金があって
対象がスマホアプリの課金だろうが
アイドルの投票権だろうが
本人がそれだけのお金を出す価値があると思ったから
払ったんだろう。
それで本人が幸せだと思ってたんなら
宗教ってコンテンツは価値があるものよね。
旧統一教会が善だとは全く思ってませんが
たまに市や県に個人で高額の寄付する人いるよね。
数百万から場合によっては数千万も。
あれも結局何に使ったのかわからないまま終わるけど
寄付した本人が幸せなら自分のお金を何に使おうが
個人の自由なんでしょうね。
ってかこういう人って趣味ないのかな‥?
例えば釣りとか。リールやロッドも
良いのが欲しいってなると数十万、一式揃えると
場合によっては数百万にもなる。
例えば将棋。高価な将棋盤と駒は数十万もする。
もちろんゲームでもいい。車やバイクでも。
共通しているのは「その趣味が合わない人」にとっては
\1000のアイテムも\1000000のアイテムも
等しく価値がないと感じる。
「ようそんなもんに金払うなぁ‥」
要するに他に趣味があって幸せだったら
この手の宗教にハマる人もいなくなりそうな気がする。
極論結婚もそうよね。
1人の方が自由だしお金もかからないのに
結婚して子供をつくるのは自身の幸せの為。
家庭を持つって数千万かかる趣味ですからね‥。
無趣味で孤独な人達が大勢いるって事なんですかね‥。
■信者の息子、献金実態語る=旧統一教会主張に「納得できず」―大阪
(時事通信社 - 08月22日 07:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=7081147
ログインしてコメントを確認・投稿する