
先日親族親類のお通夜にに参列致しました。
私を良くしてくださった方で席につくと涙が溢れました。お顔はきれいで99歳とは思えない美しさでした。
私達は仕事で県庁所在地で暮らし親をこちらで送りました。
安倍元総理大臣の突然の他界もありました。
残された者たちにとって、様々な想いがよぎる悲しみの時間です。
最近はコロナウイルスの蔓延で、葬儀会社の宣伝が増えた現状があります。
ネットにも新聞にも電話が来ることもあります。死亡保険と組み合わせて自分自身の葬儀の準備をしようというものも、私の住まいの土地ではあります。
さて、実際の会場ですが、それぞれ大きな格差があることに気が付きます。
原発再稼働9基の情報と、国葬の話を聞けば、丁度耐用年数40年を過ぎた福島第一原発の惨事を振り返ると、日本は貧乏。事によるとメンテナンスができなかったのかもしれないなどの不安を感じていましたが、国葬が行われると聞き、あゝ稼働予定のそれらの管理は大丈夫だと安心するわけです。
結局この様々な社会状況は経済を反映したものなのです。
そこから計り、確実に地域格差が存在することを感じます。同じお金を積んでも結局施設の有無によって格差は生じています。
民主主義は平等の上に成り立つわけですが、根本基礎から既に民主主義は成り立っていないことに気が付きます。
同じ時代に生まれながら、全く違う人生が営まれることになります。
新たな人類の開発が少しでも、万遍なく生活に行き届き、同じ気持ちが沸き起こり、情報発信のそれぞれの内容に共感を覚える心を平等に整えてもらいたいものです。
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