特にヒドイのも事実だが、統一教会だけの話ではない。
創価学会だけでもない。新興宗教に限らない。
私は「カルト宗教」という言葉が間違っていると思う。
宗教は初めからカルト以外に有り得ない。
キリスト教を始めたナザレのイエスは、家庭を破壊するために天から降りてきたのだ。
新約聖書 マタイ福音書
10:34 地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。
10:35 わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。
10:36 そして家の者が、その人の敵となるであろう。
10:37 わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。
仏教を始めたインドの釈迦は、子供を誘拐して、子孫を根絶やしにする、悪党と蔑まれた。
仏教に帰依する者は「出家」するのである。親兄弟と縁を切る。家業は継がない。セックスもしない。子孫は残さない。その一族は死に絶える。
キリスト教も、仏教も、社会の根幹、家族制度を破壊する。
社会という牢獄から脱出しない限り、個人の救済なんか無いからだ。
キリスト教や仏教だけではない。マルクス主義だって同じである。
中核派も革マル派も日本赤軍も連合赤軍も、家庭は崩壊する。
革命を目指す者が無傷で済むはずがない。
ナショナリズムも同じ。ナショナリズムも完全に宗教である。
命を賭けて特攻機に乗るのだ。靖国の英霊になるのだ。
そこまでいかないにしても、里帰りしたら、政治なんか興味も無かった両親が、ヒマにあかせて、テレビのワイドショーやインターネットの見過ぎで、韓国がどうのこうのと、見事にネトウヨになっていた、なんて話も珍しくない。
反ワクチンも宗教だ。医学部に入る努力も知識も無しに、医学を語り出す。
宗教だけがカルトではない。
何かを信じて、持ち金や生活や人生を賭ける。それは全部カルトである。
ギャンブルもアルコールも、プロ野球やアイドルや鉄道趣味やアニメも、カルトの要素はある。
そして、ギャンブルも、アルコールも、趣味も、政治も、宗教も、全てが「自由」という価値に直結する。
カルトを禁止すると、自由も禁止になってしまう。
どうしたらいいのか? 私にも解りません。
■母が旧統一教会信者の2世女性、一家離散の苦しさ打ち明ける 紀藤弁護士「今回の事件に力不足を感じた」
(弁護士ドットコム - 07月12日 22:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=149&from=diary&id=7031817
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