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2022年06月05日16:53

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プラネテス20話の木星系航行軌道の検証

先週の「プラネテス」第20話にホーマン軌道らしき図が出てきた。テストモジュールの壁にかかっていたディスプレイだ。
フォト

画面をよく見たら、中心は太陽ではなく木星で、エウロパを出発してカリストに到達する軌道とわかった。いつだってTVはぼんやりとしか見ていないので気づかなかったのだが、改めて見ると、この表示は劇中の時間経過と共に変化しているのを確認できた。
20話はフォン・ブラウン号の乗員選抜試験で、乗員モジュールを模したテストモジュールで4人が10日間生活する。漫画の宇宙もので飽きるほど見たパターンである。しかし軌道図が出てくる作品は他に記憶にない。
テストの想定は台詞にはなかったが、軌道図からするとエウロパからカリストへ行ってまたエウロパに戻ってくる10日間のミッションらしい。
どのくらい正確な表示なのだろうかと考えた。それには軌道力学を一通り復習する必要があり、実はまだ勉強が終わっていないのだが、ともかく分かった範囲で書いてみよう。

ホーマン軌道の飛行時間はケプラーの第三法則から簡単に導くことができる。
Wikipediaでガリレオ衛星の諸定数を見ると、
エウロパ
平均軌道半径(長半径):671,100 km
公転周期:3.55 日

カリスト
平均軌道半径:1,882,700 km
公転周期:16.689 日

となっている。これらの数値からホーマン軌道を一周する時間が計算できる。
計算を簡単にするため、まずエウロパとカリストの軌道半径の比をとる。
エウロパの軌道半径:カリストの軌道半径=670,900:1,883,000 =1:2.805
となる。
よってエウロパの軌道半径を1とすれば、ホーマン軌道の長半径は
a=(1+2.805)/2=1.9025となる。この値にケプラーの第三法則を当てはめると、ホーマン軌道の周期pはエウロパの公転周期×√(a^3)なので、
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となり、約9.32日。ただしこの日数はエウロパの公転周期の整数倍になっていない。つまりホーマン軌道を一周する間にエウロパは軌道を2.6周することになり、フォン・ブラウン号がエウロパ軌道に戻ってきた時にはまだエウロパはその位置に来ていない。エウロパが3周する時間は10.65日だから、帰還のタイミングを合わせるにはエウロパ(の孫衛星軌道上ということになる)で1.33日間待機する必要がある。
これで、テストの日数が「10日間」である理由がわかった。おそらく木星系に到達した後の、実際の衛星ミッションの日数に合わせてあると思われる。
ではここで画面を確かめてみよう。

テスト開始の後に最初に画面に出てきた表示はこうである。
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ミッション残り時間10日5時間15分。実際にはテストを開始した瞬間の表示ではなく、エウロパを出発していくらか時間が経っていることが画面からわかる。
実際のミッション時間は10日プラス86400×0.65=56160秒、すなわち10日15時間36分になるはずである。
(もしかしたら、10日5時間というのは美術スタッフが「10.5日」を勘違いしたものかもしれない。エウロパの公転周期を3.5日とすれば3周する時間は10.5日になるからだ)
カリスト到着に要する時間はホーマン軌道の周期の半分なので4.66日。そしてカリストの公転周期は16.69日なので、4.66日の間にカリストは軌道を0.28周する。角度でいうと100度と少し動く。
表示の目盛りは24等分されているので一目盛り15度になっている。表示のカリストは到着位置までちょうど7目盛り離れているので、105度の位置。100度より角度が大きいということはカリストがやや進みすぎているような気がする(実はこれで正しいのかもしれない。後述)。しかし一瞬見えるだけの表示でここまで描写しているのだから、そんなに目くじらを立てることはないかもしれない。
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ミッション終了9日前。といっても先ほどの表示はT−10日5時間で、今度はT−9日21時間なのでまだ8時間しか経過していない。カリストの公転周期は16.69日≒400.56時間だから一日当たり21.3度、1時間あたりでは0.9度動く。したがって約7度すなわち目盛り半分弱動いていなければならない。そして画面も確かにそれに近い。細かいことをいうと表示は目盛り半分まで動いたように見えないので、やや進み足りない。しかし一瞬(以下略)。
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8日前。T−8日6時間43分。前の画面より約39時間経過している。この間にカリストは35度動いた。表示でも二目盛り強動いていて、ほぼ正確である。(本当のところを言うとカリストの軌道が少し楕円なので、平均運動で考えるのは正しくない。しかしガリレオ衛星の離心率はかなり小さくて軌道は円に近いので、平均運動で考えてもそんなに大きく外れてはいない……かもしれない)。
この間にフォン・ブラウン号は軌道上をずいぶん大きく動いた。面積速度一定の法則により、近心点(この場合は近木点)から離れるほど速度は遅くなる。だからミッション開始時刻に近い時期に大きく動くのは理屈にあっている。ただし正確にどこまで動くのかは正直いってわからない。それを求めるには飛行時間に対する真近点角を求める必要があるが、それにはケプラー方程式を解かなければならず、今ちょっとその気力はない。参考までに計算式を示すと、
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(半場稔雄『惑星探査機の軌道計算入門』P31)
というものである。飛行時間tから真近点角θを求めるにはこの式をθについて解かなければならないわけだが、実際にはこの式のまま解くような酔狂者はいない(そもそもθからtを求める計算だって大変である)。適当に式をおきかえて(三角関数の知識がかなり必要だが)
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とする。これがケプラー方程式で、Mは平均近点角、Eは離心近点角、eは楕円の離心率である。
平均近点角Mとは天体が円軌道上を時計の針のように均等な速度で動いたと仮定した場合の角度であり、つまりさっきカリストの動き方について述べた角度がそれに当る。実際に必要なのは中心天体(楕円の焦点。この場合は木星)に対して測った角度=真近点角θだが、これはケプラー方程式にはあらわに出てこない。その代わりを務めるのが離心近点角Eで、楕円の焦点でなく中心に対してとった角度である。このEをθに直すのは比較的簡単な計算でできる。問題はMからEを求めることで、この解は初等関数で表せないことが知られている。適当な数値計算テクニックを駆使して反復計算で近似的に求めるわけだが、十数年前にやったきりで、やり方をほとんど忘れてしまった。今やろうとすれば一から学び直しになる。既にこの文章を書き始めて一週間近く経つので、もうあまり時間をかけてもいられない。というわけで、ケプラー方程式を解くのは遠慮しておく。
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7日前。T−7日11時間15分。
最初の表示がT−10日5時間だったので、5時間+2日+13時間で2日と18時間経っている。カリストは出発時から約60度=4目盛り進んだ。表示は確かにそうなっている。
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5日前。T−5日22時間19分。
最初の表示から4日と7時間経過。ホーマン軌道半周の時間は4.66日=4日間+86400秒×0.66=4日+57024秒で4日15時間50分24秒。つまりあと8時間でカリストに到着する。表示もおそらくそうなっている。ホーマン軌道の運行速度は遠木点で最も遅くなるので、距離は近くても到着まで時間がかかるということだろう。
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4日前。T−4日1時間50分。
水色の太い線はカリストで待機していた時間を表している。帰還のタイミングを合わせるには1.33日待機しなければならない。それからカリストを出発して、また4日と16時間かけてエウロパに帰還する。表示からするとカリストを出発して15時間経っているはずだ。一つ前の画像と比べると、往路で8時間かけて到達する距離(角度)と比べて、確かに二倍くらい進んでいるように見える。この辺の見積もりも適当だが、木星から同じくらいの距離では運行速度も同じくらいになるわけだから、そんなに的を外してはしないだろう。
その間にカリストはホーマン軌道の遠木点から28.8度進む。つまり二目盛り弱になるはずだが、表示されている角度はそれより大きい。しかし一瞬(以下略)
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テスト最終日。ミッション終了まで残り5時間。ほとんどエウロパに到達する直前である。よく見るとエウロパは出発時の位置より一目盛りほど進んでいる。つまりこの時点でエウロパは軌道を3周し終わってさらに先へ進んでいることになる。これはカリストを出発した位置が到着した位置とずれているからだ。そこからホーマン軌道を半周したエウロパ到着位置もその分ずれるわけである。

ということは、ミッション全行程はエウロパの3公転より長くなければならないわけだ。……最初に全行程がちょうどエウロパ3公転と考えたのは間違いだったと、今頃ようやく気づいた。そうするとカリストでの待機時間も考え直さなければならないわけか……
しかし今ちょっとそこまで考えている余裕がない。今後の宿題とするしかないだろう。

まだ検証が不十分ではあるが、ともかく一連の表示が軌道力学的にかなり正しく描写されていることは確認できた。いくらか曖昧なところが残っているのは、私の知識不足によるのか制作の不具合なのか、今のところ判断がつかない。この一連の軌道図はJAXAの監修を受けているはずなので、私が考え違いしている可能性の方が高いだろう(ついさっき間違いに気づいたばかりだしな)。
軌道力学の学習はまだまだ先が長い。

なお劇中では、最後の画像の直後にトラブルが発生して、あわや大惨事という事態に陥るわけだが、それはまた別の話である。
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