福祉に関係してるだけでなくクリエイター系列な人は、どちらかと言うとリベラル寄りであったり左派系、革新系に親和性が高かったりしたんですが、この数十年で様変わりしました。
保守系、右派系等の方が創作や表現に関して寛容であると言う現状があるんですね。
創作や表現は時に辛辣な毒を吐きます。
風刺としての毒、自サイドであってもおかしければ批判するなどは普通。
そして、一定の条件下では敵サイドであっても褒めるは褒める、とのはあるのですね。
ところが、二十年ちょっと前からリベラル、左派、革新系等が表現に対して攻撃の手を強めてきた現状があります。
所謂オタクバッシングですが、アニメ絵や漫画絵やゲーム絵をオタク絵としてバッシングの対称にしてるのですね。
この流れは90年代中頃からあって、権威ある絵画の世界の物が人気が出ない現実などがあった、と言うのはあるんですが日本の絵画界は権威主義が横行し、良い作品を良いと言う事を見た人間、つまり一般人が言っても権威ある人があれはどうのこうの、と小理屈をこねて人の好きを否定し始めた事に由来してる訳です。
だから一時期、新絵画だとか現代絵画、モダンアートと言って距離を億作家も増えた訳ですけれど、これによる権威ある絵画の大御所達は切れましたし、その反動でオタクカルチャー、すなわちアニメやゲーム、特撮を含むサブカルチャーの上澄みをすくい取って芸術と称して売り出した村上隆の様な存在も出てきたわけですね。
この剽窃家に関しては漫画やアニメの界隈などからも批判されてますが、マスコミは売れたもんが偉い!で無視してオタク叩きを始めるのですよね。
ところが、この件に関して便乗したのがリベラルサイド、左派革新系といわれるサイドでしておかげでというかその所為で90年代後半からアニメや漫画等のアダルト枠を攻撃してくる様子がでてきました。
村上隆の作品はアニメや漫画のエロ表現の誇張をアートと言い張って作ってる面はあって、それを最初は受け入れる物の、欧米のアート界隈の方がアニメや漫画等のサブカルにも強かった事もあって、直ぐに廃れて行くのですよね。
高級なエロフィギュア製作者としての面がつよくなってしまった面はあります。
(※ただしエロも突き詰めていくと芸術となるので世界最高峰ではないが世界で通用するエロ芸術の人ではある)
これに反感もったのが所謂リベラル系と革新系。
なぜなら、オタクの様なブヒブヒしてる連中より高尚な自分たちが認めた者が認められないそれほど流行らないとなると、その八つ当たりが始まってエロ規制、表現規制に走るんですよね。
もっとも、これも最初は自民党の様な保守、右派の系列に強かったんですが(80年代ではアニパロ漫画でネタにされる位)、表現、エロ等を不道徳、アニメや漫画のそれを規制する!と言う事になったのは自民党内のリベラル陣営、革新派(新自由主義者と言っても良い)の陣営なんですねえ。
この時の事を覚えている人はアグネス・チャンが児童の性搾取を話すなかで日本のアニメやマンガは児童ポルノと同じだと言い出し規制の波が迫っていましたが、かろうじてまだのこっていた野党サイドの表現守護派が動き、事なき(ってほどでもないか)を得たとも言えます。
が、その後あらゆる表現を規制する為に動き出したのは掌返し、裏切りと言う事をいわれても弁解の余地がないのですよね。
リベラル、革新の側から次々とアニメ批判やマンガ批判、オタクバッシングがでてくるとオタクはまあ、普通にサブカルチャー(地下に潜る)でいっか、になっていたのにその個人の趣味まで病気か犯罪の様に言い出すし何か猟奇犯罪があればオタクの仕業と言い出す。
それがリベラルの側に増えていくと、とうとう敵対せざるを得ないのですよね。
もちろん、風刺物は右も左もネタにしますがそれにさえ噛み付く始末。
だんだんと過激になっていくオタクバッシングに対してリベラル側は歴史修正を今では加え始めて、オタクが最初に裏切ったとか言い出しているのですよね。
この様な事を言い出している状況で、更にアニメやゲーム、マンガやキャラクター商品をたたくフェミニストがでてきたら創作や表現、アートなどを楽しんでいる人送り出す人達が反撃しない訳はないのですよ。
これは何もオタクに限った事ではなく一般の人もそういった物に慣れている現代では、表現規制どころかナチスの焚書の様に見えてくるでしょうし、その連中がナチスがー!してる状態をみる事になるのですから、壮大なギャグと否定すべき存在として写ってしまうのはあるんだよな、と言う事なのです。
そして、リベラル政党や政治家を名のる人達はこの現実を認めないといけない訳です。
歴史修正をして、被害者面をする弾圧者をリベラル側が断罪できるかできないか、で消えゆく存在か復活する存在かが分かれるのです。
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