これは触れずに置こうと思ったが、波風は穏やかな方が良い、書くとしよう
生きて居ると、様々な事は誰にでも有る
大切なのは、自分はどう生きるかの思想哲学を持つ事である
恋愛にしろ、結婚、出産、毒身であろうと、誰もが思想が有り行動する
何をやっても良い、この思想が定まらないと、人の意見や情報に流されて生きる事に成る
つまりどう生きるかだよ、職業は合う合わないは有るだろう
選択した生き方に誤りがあるならそこから学ばなければ何度も同じ間違いをする
年末2年やり取りした1人のマイミクが居なく成った
自分は苛めもしないし、現実を言っただけだが逆恨みをかいmixiを辞めたようだ
自分は罪の意識は全く無、感謝されても反省等する必要は無い
mixiを去った彼女Yは己の生き方を見出せないまま、色んな夢をかったが努力を見た事は無い
作家を目指す彼女に努力が有るなら、作品に変化があるはずだ、何年経ってもそ?は見られない
煽て褒めても伸びないなら、愛とは何か哀愁とは感動とはを本人が知るしか無い
本当にその人間を思うなら、駄目だしをする事により、己のオリジナルが完成するものだ
例えるなら、恋愛をした事か無い人間が家庭を作れる訳が無い
職人でも良い、漁師でも良い、本当に良い品を見た事が無い物は、愚策しか作れない
そして、死ぬ間際にこういう「まだに死にたく無い」
情けないだろ、自分は言うお前は何がしたい、目的を達成した感動を知ら無い人間は、それを表す事は出来ない
理解出来ない馬鹿はその言葉に対しこう言う
「何故そんなに虐めるのか」
理解出来無い傍観者は野次る
「余りに失礼だ」
さて褒めるだけの傍観者は、Yと真剣に付き合い悔いをこのさ無いのかね
との道を選ぶかはY次第だ、手取り足取り覚えたものなど糞だ
人間は誰しも模索しながら、生き方を決める、それがこの世の勉強なのだ
自分は感謝されても誰に責められる事も無く悪意等無い
逃げてばかりの人生は必ず悔いが残る、親しい人間にはそれを教えたいだけである
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