mixiユーザー(id:14506200)

2021年11月03日17:27

85 view

最後の親孝行

 夏に亡くなった中高のひとつ上の先輩の話は、以前に書かせて頂きましたが、この間先輩の奥様と2度程ご連絡を取り合い、闘病のことや最期のお話などをお知らせ頂きました。

 病気が分かって抗がん剤治療が始まったのは、ちょうど新型コロナウィルスの流行し始めた頃だったそうで、その後マスクや除菌グッズの買い占めのがあった時期に、最初の大きな手術が行われたとのことです。

 一時期は回復の兆しが見えたものの、年齢がまだ若いと言うこともあるのか、癌の成長を抑えきれなくなったと担当のお医者さんに伝えられて、最後の望みとして息子さんのピアノの発表会に行くために退院し、その2日後に逝ってしまったそうです。

 この発表会で中学3年生の一人息子さんが演奏したのがショパンのノクターンであり、この曲は、幼い頃からピアノを習っていた息子さんに先輩がいつか弾いて聴かせて欲しいと言い続けていた曲なんだそうで、先輩としても最後に一つの大きな願いが叶い、そして息子さんとしてもお父さんとのお別れの時に大きな親孝行ができたことは、これからの人生において、心の支えになっていくことと思います。

 実はこの先輩自身も一人息子であり、お母様はまだご健在とのことです。

 私は、お母様に直接お会いしたことはありませんが、私が中高の頃はまだ携帯電話は一般に普及する前で、連絡をするのはいつもお家のお電話だったので、先輩のお宅にお電話してお母様に取り次いでもらうことも多く、お声はよく覚えております。

 病床の先輩は、寄り添うお母様に対して「良い友達にもたくさん囲まれて良い人生だった。」と言っていたそうで、これは奥様伝えに聞いた話なのでこの部分だけが知らされましたが、実際には「良い妻や子供にも恵まれて良い人生だった。」とも言っていたものと思われます。

 もちろん先輩自身もそのような人生だったという思いもあったのでしょうし、私は一つ下なので友達とは言えませんが、若い時期に多くの時間を一緒に過ごした者の1人としても、そのように感じて頂いていることは有難いことでもあります。

 ただ、それ以上に、一人息子に先立たれるお母様が、少しでも落ち込むことがないようにとの配慮から、「自分の人生は短いけれども良い人生だった。」と繰り返し言われたのではないかと、先輩の性格からも最後の親孝行ではなかったかとしみじみ思うのです。

 そういうことを考えながら、先輩の胸中を思うと胸が痛みますが、先輩が人生の最期の時にまでそのような配慮を忘れなかったことを大きな教訓にして、数々の思い出とともに、そのことを形見のように感じながら、今後の人生に生かしていきたいと強く思っております。

 誰の人生もいつか終わりが来ますが、理屈では分かっていても、なかなかそのことを感覚としては理解せずに人は日々生きているものです。

 先輩にまつわる二つの親孝行は、そんな私達に生きる意味を問いかけているいるような気がしてなりません。
2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年11月>
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    

最近の日記

もっと見る