No.0967
特別企画 『Buried Memory』
Written by : MARL
Well, try opening the picture book.
Residents in the picture book are waiting to be you.
What happened?
Don't have such face, and let's play in the world of a picture book together.
It doesn't have to be afraid.
Because you can't sneak from here any more.
〜対訳〜
さぁ、その絵本を開いてごらん
絵本の中の住人達は、貴方の事を待っているよ
どうしたの?
そんな顔をしないで一緒に絵本の世界で遊ぼうよ
怖がらなくていいんだよ
貴方はもうここから抜け出せないのだから
Presented by : MARL
◇
「サラ、お誕生日のプレゼントよ」
「ありがとう、お母さん! 開けていい? わぁ! 素敵な絵本だぁ! 大切にするねっ」
「サラがこんなに喜んでくれるなんて! 良かったわ」
「色んなお話があるんだねっ! ええと、どれから読もうかな!」
街中が夜の帳に包まれた頃、サラという女の子が住む家に一冊の御伽噺が載っている『Fairy Tale』という絵本がやって来た。それはもう子供の心を鷲掴む魅力的なお話の数々で、物心ついた頃からお話が誰よりも大好きなサラは、母親からの誕生日プレゼントに一晩中興奮しっ放しだった。しかし、その絵本には魔物が複数登場する怖い話もある。サラには怖い話も含め、早く読みたくてウズウズしている。サラはまだ一人で本をまともに読めないので、母親がサラに読み聞かせをしている。母親はサラに敢えて楽しい話だけを読み聞かせるようにしていた。
翌朝、サラは絵本の最後に載っている『あなたを待っている』という御伽噺が気になっていた。幼いサラにはまだ早い、と母親は一向に読み聞かせてはくれず、その物語のページが開けないようにテープで頑丈に止めていた。サラは非力な指で必死でテープを剥がそうとするも、爪の角を切ってしまい血が出てしまった。
「お母さん! 痛いよぉ!」
「こら、サラ! このお話だけは見ちゃいけないって言っているでしょう!」
「だってだってぇ!」
「そんな事言うなら、本を取り上げるわよ!」
「やだぁ! ごめんなさい!」
それでもサラはあの物語だけを知らずに数年間テープを剥がす事無く我慢した。絵本の隅にはサラの血が少し染み込んでしまった。染み込んだ血はあの物語の部分だけ。
サラは小学校に上がり、一通りの読み書きが出来るようになった。数年前のような幼い頃とは違って本も一人で読めるようになった。
ある秋の日、すっかり夏の陽射しも弱まり涼しい気候に季節が移り変わった頃、サラは自室のベッド脇に今も大切に置かれているあの絵本を眺めていた。母親に貼られたテープは変色しており、無理に剥がそうとしてもテープがベタベタして気持ちが悪い。サラは寝る前にふとそのテープをカリカリと剥がしていた。血の染み込んだ部分は赤黒く汚くなってはいるが、やはりサラにはあの最後の物語である『あなたを待っている』が読みたかった。
(やった! やっと剥がれた)
ようやくテープを剥がし終えると、サラはゆっくりと本を開く。
×
『あなたを待っている』
ここは一体何処なの?
私は一生ここから抜け出せないの?
ねぇ、助けてよ
私をここから出してよ
待っているからね、あなたの事を
今日はよく晴れた穏やかな日
でも、私はこの見えない牢獄の中で孤独なの
何処かから汽笛が聴こえてくるわ
きっと私の事を迎えに来てくれたのよ
その列車は私の視界には入らない
本当にたくさんの人々を乗せた列車の汽笛だったの?
ふと見えた何かの影に怯える私
影は列車の形をしている
列車の影はたくさんの人々を乗せてこの世界の彼方へと向かっている
列車の窓からは悍ましいほどの魔物の影が私だけを見ている
時折、不敵な笑みを浮かべながら私だけを見ている
列車の影は少しずつ私に近付いて走っている
列車の中の魔物の影は日を追う毎に、私だけを見つめ続ける
ある真夜中、眠れずに起きた私はその魔物の影がすぐ目の前にまで迫っていることに気付――
…………
×
サラは咄嗟に絵本を閉じた。
何だかこれ以上見てはいけない気がした。心臓の鼓動が早くなり、サラは息切れが止まらない。何なんだこの感覚は。母親は先にこの物語を知っていてテープで止めて読めないようにしたのか? サラはもうあれからあの物語のページを開ける事はしなかった。染み込んだ血の痕もなるべく見ないように、あの日から絵本を部屋の本棚の奥に仕舞うと、疲れ果てて寝入った。
◇
20年後、すっかり大人のレディーに成長したサラは、あの絵本の事は殆ど忘れて仕事に勤しんでいた。この日は取引先の相手との打ち合わせになっており、昼食を手早く終えたサラは急いで取引先まで足を運んでいた。すると、道中で3〜4歳ほどの女の子が母親に絵本を強請っている。よく見なくてもその絵本は、当時サラがハマって読んでいた『Fairy Tale』だった。急いでいたのでよく聞こえなかったが、その母親は女の子に絵本を与えなかった。女の子は駄々をこねているように見えたが、サラはふとあの20年前に読んだ最後の物語の続きが頭の中を過った。
無事に仕事を済ませ、自宅に戻ると2年前に結婚した夫が出迎えた。サラはキャリアウーマンで、夫は専業主夫として暮らしており、まだ子供は出来ていない。
「どうした? 体調でも悪いのか」
「いいえ、ふと昔の事を想い出しただけよ」
後日、ベッドに横になったサラは、20年振りに実家からあの絵本を持って来ていた。絵本は経年劣化のせいか多少変色しており、やはり最後の物語部分のサラの染み込んだ血の痕はくっきりと残っている。サラは思い切ってあの物語の続きを読む事にした。
×
『あなたを待っている』
(中略)
列車の中の魔物の影は日を追う毎に、私だけを見つめ続ける
ある真夜中、眠れずに起きた私はその魔物の影がすぐ目の前にまで迫っていることに気付くも
魔物は孤独な私の手を引いて、ここから出してくれたの
もう私は何にも縛られない
魔物達と共にこの影の列車に乗って旅立つの
あなたも早くこっちへおいでよ
あなたを待っているから
×
サラはそっと本を閉じた。物語の主人公である女の子はあの後どうなったのか。
もし、このまま眠ってしまってあの物語の世界に閉じ込められたら?
そんな幻想は捨て去り、サラは気にする事無く眠りに入る。
――待っていたよ、やっと来てくれたね
――もうこんな外の世界で私の事を眺めてないで、早くこっちへ
――私の事を邪魔したお前の母親の事も外の世界の事も全て忘れろ
――この本のページにお前の血が付着しているんだよ、もう逃げようたって手遅れさ
――既にお前の魂は抜き終えたぞ!
◇
翌朝、サラの夫が心臓を抉り取られた血塗れのサラを見て崩れ落ちた。サラは絵本の住人達に命を取られたのか、否サラが昨晩何やら奇声を発しながら錯乱している様子を心配した夫が、サラを揺すり起こそうとしたが、サラはその後すぐに静かに寝息を立て始めた。ひとまず安心した夫はそのまま寝てしまい、朝になるとサラが死んでいた。
夫はサラが愛読していた『Fairy Tale』ごとサラを火葬した。
もう誰にもこの絵本に触れて欲しくない、という夫の願いが込められての決断だった。葬られたサラの想い出を呼び起こす者はもう存在しない。
『Buried Memory』完
MARLです。
毎年恒例のこのハロウィン企画、ついに10周年を迎えました!
2012年の第1弾から数えて、って9周年やんけ! っていうツッコミは無しで。作品自体がちょうど10作目やから。
海外の絵本には稀に残酷な内容のものも含まれますが、作中の『あなたを待っている』は、勿論私の創作となります。敬愛している絵本作家エドワード・ゴーリー氏の要素を多少取り入れた結果、ああなりました。絵本に触れたサラ(Illustration Vol.113)という女の子は母親から止められていた禁断の物語に触れてしまいます。
人間心理ではやってはいけない事を言われると、ついやってしまいたくなるもの。数多の創作物で嫌というほど見た展開ですが、最終的にサラは物語の中に引き摺りこまれたのでは無く、精神状態の異常でああいった奇怪な行動に移り、自ら絶命したのです。人を殺すのに刃物等必要無い、たった一つだけの些細な切っ掛けだけでいいのです。まあ、それを醍醐味と捉える奴も存在するわけですが(私の事)。
今年は南瓜を生のまま齧って歯が折れかけましたが(アホやんけ、こいつwwwww)、『Fairy Tale』の他の物語は何が収録されていたのか。海外の某作品とだけ明記しておきます。
作業BGMは、the HIATUS全般に。ハロウィンとは程遠い音楽ですが、執筆していた時期がお盆中のあの豪雨の日の夜でしたので、喧しい雨の音を掻き消す音楽が良かったから、ただそれだけです。
さて、ここでお知らせです。
12月のクリスマス企画と同様、10作目でキリがついたので、ハロウィンとクリスマスのこれまでの集大成短編集を作成決定致しました! 詳細は後日公開とします。もしかすると、これまでのハロウィン・クリスマス企画の関連イラストの新規イラストもあるかもかも。
†2021/10/31 MARL†
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