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2021年01月31日22:52

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2021/1/14付日本経済新聞 労働移動と生活保障の両立を 雇用激変に備える

労働移動と生活保障の両立を 雇用激変に備える
権丈英子 亜細亜大学教授
経済教室
2021/1/14付日本経済新聞 朝刊
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ポイント
○コロナ禍で非正規雇用の脆弱性浮き彫り
○貧困問題の根源的原因は女性の労働市場
○所得捕捉やマイナンバーの活用を進めよ
新型コロナウイルス感染症の拡大で雇用は大きな打撃を受けた。特に非正規雇用者数の減少は大きく、2020年7月には前年同月比で最大の131万人減を記録した。冬には第3波が襲い、今はその渦中にある。

図は総務省「労働力調査」を基に、20年11月の主な産業の正規・非正規別雇用者の前年同月比増減数を示したものだ。非正規雇用は多くの産業で失われた一方、正規雇用は増えている。今回のパンデミック(世界的流行)で需要が低迷した宿泊業、飲食サービス業と製造業で非正規雇用の減少が大きかった。医療、福祉、情報通信業など1年前より雇用を増やしている産業では、正規雇用が増えている。


◇   ◇

新型コロナの感染拡大が最終消費構造に歴史的な転換をもたらしている。そこからの派生需要として生じる労働市場では、業種により影響は異なるが、付加価値生産性が低い中小企業で雇用を減らす場合がみられる。雇用調整助成金などで雇用維持に懸命に努めてきた。だが感染拡大の影響は大きく、労働市場は質的にも変わろうとしている。非正規雇用の脆弱性が改めて露呈する形となったが、この問題は平時から対策を進めておくべきだった。

08年秋のリーマン・ショック後には、それまでは家計補助的であるため低待遇でも構わないと考えられることが多かった非正規雇用が、主たる生計維持者である男性に広がっていたため男性非正規問題に焦点が当てられた。それを機に労働者派遣法、パートタイム労働法、労働契約法の改正により、均等・均衡待遇や5年経過後無期転換など、非正規雇用の待遇改善が図られた。その延長線上で18年の働き方改革関連法により日本型の同一労働同一賃金(雇用形態間の不合理な待遇差の解消)が導入された。

社会保障分野でも雇用保険を受給できない人たちに職業訓練を条件に訓練・生活支援給付を行う「緊急人材育成・就職支援基金」が設けられ、11年には「求職者支援制度」として恒久化された。かつて1年以上の雇用見込みを要件としていた雇用保険の適用は、10年までに31日以上の雇用見込みへと要件が緩和された。また16年からはパート・アルバイトなどの短時間労働者への被用者保険(医療・年金)の適用拡大が大企業から段階的に開始された。

非正規労働者の待遇改善は進んできたが、今も賃金やほかの労働条件は低い状況にある。さらに非正規労働者では能力開発機会が少なく、キャリアアップできず固定化してしまうという問題は解決できていない。

非正規労働者の割合は男女差が大きく、19年には男性22.8%、女性56.0%で、女性が非正規労働者に占める割合は7割近くに及ぶ。コロナ禍の直前には、リーマン・ショック後の男性非正規問題への対応から次の段階に入り、非正規雇用の女性にも問題意識がようやく至っていた。20年の政府の骨太方針で「女性の正規化」が取り上げられたのは記憶に新しい。

非正規労働者の割合を年齢階級別にみれば、男性は若年層と高年齢層が高く中年層が低い一方で、女性は年齢に伴い上昇していくため「胃袋型」と呼んできた。日本では当たり前のように受け止められているが、欧米諸国では非正規労働者の割合に男女差はほとんどみられない。男女ともに若年層が高く、加齢に応じて低下する右下がりである。

日本では女性の非正規割合が年齢とともに上昇する労働市場しかないため、女性が結婚・出産後に退職すると、再就職先はほとんどが非正規雇用になる。離婚した場合にはそれが子どもの貧困にもつながる。日本の貧困問題は、多くがシングルマザー問題にたどり着く。その根源的な原因は女性の労働市場にある。

なぜ日本では非正規雇用に関するこうした特徴が生まれるのか。その理由として、日本のパートタイム労働の特殊性が挙げられる。パートタイム労働者は「パート」、すなわち賃金やほかの労働条件が正規労働者よりも劣る非正規労働者として取り扱われる。一方、語源となった英語のパートタイムは、労働時間が短いという意味しかない。

日本でも育児短時間勤務の普及などにより、パートタイムの正規労働者も増えてきたが、その割合は女性でも2%に満たない。残業付きであることの多いフルタイム就業ができない場合、正社員に比べ待遇の劣る非正規労働者という選択肢しかないこととなる。

少子高齢化・人口減少の進む日本は労働力希少社会に入っており、「女性活躍推進」も政策目標の一つとして掲げられる。労働力の量のみならず、質を高め生産性を上げる必要がある。労働力の質は職場訓練の機会が決定的に重要だ。長時間労働を改善しワークライフバランスをとりやすくすることで、誰もが継続就業を選択できるようにし、貴重な人材の潜在能力を生かす仕組みが求められる。

◇   ◇

20年には1人10万円の特別定額給付金が支給された。だが必要な人にとっては足りず、さほど必要でない人たちは貯蓄に回した。どうして必要に応じた給付がなされなかったのか。日本では住民税非課税世帯を超えるどこかの水準で線引きして給付する手段がないためだ。経済にショックが起きた際には、誰が困っているのかわからない中で策を講じねばならず、急を要する際はいきおい総花的な給付が毎回実施される。

けんじょう・えいこ 67年生まれ。アムステルダム大博士(経済学)。専門は労働経済学・社会保障
けんじょう・えいこ 67年生まれ。アムステルダム大博士(経済学)。専門は労働経済学・社会保障

19年にノーベル経済学賞を受賞したアビジット・バナジー米マサチューセッツ工科大(MIT)教授は、先進国では納税情報が整備されているから給付対象を絞ることが望ましいと言う。だが日本の納税情報ではそれができない。

社会保障に関する世界的潮流は、ミーンズテスト(資力調査)を伴うスティグマ(らく印)を緩和して、受給要件を満たすのに給付請求をできていない人たちを発見しやすくし、制度の谷間を埋め貧困のわなを抑えるために、所得捕捉を前提とした所得保障にシフトしていく動きの中にある。かつては不可能だったことを実現させる政策技術をデジタルの進化が支えている。国民の生存権を守るために所得の捕捉、マイナンバーの社会保障ナンバー化を進めなければならない。

バナジー教授も、先進国での「フレキシキュリティ(flexicurity)」の有効性を論じる。flexibility(柔軟性)とsecurity(保障、安定性)を組み合わせた造語だ。労働市場の柔軟性と労働者の生活保障は相反するものではなく、両者は補完的であり、2つの目標を考慮した政策が重要という考え方だ。

日本の労働市場は大きく変わろうとしている。政策のあり方次第では、非正規雇用を減らし正規雇用を増やす機会になり得る。全体としての有効求人倍率は下がったが、介護関係職種の有効求人倍率はなお高く今後も続く。福祉、デジタルをはじめ、新しい時代を担い、環境変化にチャレンジしている様々な領域への移動をスムーズに進めながら、労働者の生活は保障するというフレキシキュリティが求められる。
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