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2020年12月24日23:08

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「今は幸せかい」、「喝采」、「北酒場」、「心のこり」、「わたしの青い鳥」……やっぱ、名曲多いよな。

中村泰士さん死去 81歳 「喝采」「北酒場」で日本レコード大賞を受賞
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=6354751
ちあきなおみ「喝采」、細川たかし「北酒場」「心のこり」、桜田淳子「わたしの青い鳥」……、と、数多くの印象に残る曲を書き続け、昭和歌謡の歴史の一ページに足跡を残した作曲家兼歌手の中村泰士が亡くなった、ですか。先月、自身が肝臓癌であることを公表して「勇気を持って最先端治療を受けさせて頂き、生きて!音楽人生最終章を完成させたいと願ってます」とのコメントを発表したのが記憶に新しく、結構厄介な場所に起きた癌であり、その音楽活動を「終活」に捧げるという決意で残された余命を続けていこうとしていたのでしょうね。「ジェントルで、グレートで、ゴールドな曲」を「G-POP」と名付け、11曲の新曲のスタジオライヴをYouTubeで公開していたらしく、また、記事によると、11月14日にビルボードライブ大阪でワンマンライブ、12月5日には客船内でライブステージに立つなど、最後の最後まで音楽への情熱を失わなかった人だったようですね。
先ごろ亡くなった筒美京平、ほぼ同じ時期に多数の作品を残した三木たかしなどに比べるといくらか地味かもしれませんが、作曲家デビューとなった佐川満男の「今は幸せかい」をはじめ、ちあきなおみの「喝采」や細川たかしの「北酒場」、「心のこり」、桜田淳子の「わたしの青い鳥」、いしだあゆみ「砂漠のような東京で」など印象に残る名曲も多く、曲数は多くはないにしても五木ひろしや石川さゆり、ヒデとロザンナなど数多くの歌手が取り上げており、“時代を作った人”であったことは間違いのないところでしょう。
作品の一つには、NPBの日本ハムファイターズが球団を持った昭和49年(当時の日拓ホームフライヤーズを日本ハムが買収した年)に発表・制定した球団歌・公式応援歌である「ファイターズ讃歌」もあり、北海道日本ハムファイターズとなった現在もなお継続して歌われているようで、二軍本拠地に近い東武野田線の新鎌ヶ谷や鎌ヶ谷駅の発車メロディにも使われているのだそうです。
テレビ出演としては歌謡オーディション番組の審査員とかでも出ていたと記憶しますが、「笑っていいとも!」の放送開始初期の音楽のコーナーのレギュラーだったことがあり、そこでも審査員のようなことをやっていた記憶があります。
享年81歳とのこと。合掌。
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