昭和32年11月3日両翼100メートルを超える広さの神宮球場に満員の四万人のファンが応援に駆け付けていた。当時はプロ野球の人気を越える東京六大学野球の全盛期。文化の日の最終戦、立教の春秋連覇を掛けた大一番に球場は盛り上がり、長島選手のバットは六大学新記録本塁打の重圧を受けていた。マウンド上の慶応先発の林(薫)も好投していた。迎えた5回裏の第2打席、内角低めのカーブをすくい上げると、打球はレフトスタンドにライナーで飛び込んだ。四万人の大観客は狂乱した。ラジオの前でも野球ファンが狂喜していた。連覇と本塁打新記録を成し遂げた立教の三塁手はその熱気をプロ野球へ伝播していった。スーパースターが生れた瞬間だった。長島の走攻守で日本のプロ野球は生まれ変わることとなった。
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