天皇陛下、追悼式でおことば
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=6195272
1945年8月15日、太平洋戦争における日本の無条件降伏を告げる玉音放送がラジオを通じて流されてから、今年で75回目の夏を迎えた。昭和、平成、令和と元号が変わり、日本が戦争をしていたことをおぼろげにしか分からない世代もいることだろう。先の大戦は遠い日の出来事になりつつある。
終戦から75年が経過した節目として、本紙でも県内の戦争体験者や遺族、関係者を取材した企画を連載しているが、戦時中を記憶している世代は80代以上。語ることを長年ためらっていた体験者がいたことを考えると、つらい記憶を語らずにこの世を去った人々も少なからずいたのではと推察される。
戦没者の慰霊に取り組んできた県内の遺族会も変化。戦後75年の間に戦没者の妻たちの世代から子ども世代を中心とした組織となり、さらに孫世代への活動継承が求められているが、順調とは言い難い。終戦から80年、さらに100年の節目には、どのように戦争が語られることになるのだろうか。
戦争を体験した人々、あるいは遺族らの取材では、それぞれ全く異なる体験を聞き取っているが、共通して感じるのは二度と戦争をしてはならないという思い。そして戦時下の苦しかった日々と犠牲者を、平和な時代を生きる人々に忘れてほしくない―という願いだ。
また先の大戦は日本人の長所と短所を浮き彫りにしている側面があり、当時の様子は現代のわれわれにも通じるものがある。自国を知り、今後に生かすという意味においても、過去の戦争を学ぶ重要性はあるのではないだろうか。
第2次世界大戦における日本人の戦没者はおよそ310万人で、軍人・軍属の死者数は230万人とされるが、相当数の軍人・軍属が飢えに苦しみ、体力が衰えた中で病死したとみられている。前線で戦った日本兵の我慢強さ、忍耐強さには特筆すべきものがあるが、一方で上層部の補給軽視や楽観論に支えられた見通しの甘さ、根拠のない精神論といった問題も透けて見えてくる。
終戦から75年が経過した現代日本は、戦時中と全く異なるようでどこか似ている部分はないだろうか。
首都圏を中心に新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない中、政府はいったん決めた政策を中止することができず、旅行需要喚起策「Go To トラベル」キャンペーンに税金を投入。これに対し日本医師会は最前線に立つ医療従事者と医療現場への支援を訴え、民間から寄付を募っているような状況だ。
あの敗戦から立ち上がった日本人は当時を総括し、その後に生かすことが本当にできているだろうか。日本をより良い形で未来に継承するためにも、われわれは過去を振り返って今を見つめる必要があるのではないだろうか。
ログインしてコメントを確認・投稿する