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2020年06月26日21:59

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映画は「東宝」〜黄金の1960年代映画会社ランキング〜少年誌は「少年」

〜黒沢&三船、森繁久弥、若大将、クレージーキャッツ、ゴジラ〜

私が小学生だった’60年代(正確に言って63年〜69年、以降「‘」省略)
地元に撮影所がある「東宝」がNO1の映画会社だと思っていた。
実際、‘60年代邦画ランキング(配給収入)というサイトを見たら、
https://nendai-ryuukou.com/1960/movie1.html
年度NO1を取った回数は東宝が6回、日活2回、東映、松竹が各1回。

世界に誇る黒沢明監督&三船敏郎、子供にはゴジラの怪獣映画、
若者には加山雄三の「若大将」、コメディは森繁、伴淳の
「駅前」シリーズ、そしてクレージーキャッツと言うラインアップ。

私は東宝とその俳優は高く評価するが、その他はやや貶し調になる。
そこは、先に謝っておきますあせあせ

目年別に見ると、
○60年は、まだ石原裕次郎の日活が強かった。
1位、3位、4位6位および2位の小林旭主演作品で上位独占。
この頃は、まだ私も幼児でリアルタイムでは分からなかった。

私の感覚で言えば、石原裕次郎って、60年代の半ばは、
まぁ大スターだが、「往年の青春スター」と言った感じ。
俳優としては、そんなにハンサムとも思えない。
むしろ若い頃の小林旭の方が格好いい。
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それでも、私の世代には72年に始まった「太陽に吠えろ」の
ボス役で存在感をアピールしたわけだが、私はこの番組を
一回も見たことがない。NETの「ワールドプロレス」を見ていたから。

日活も同様に、60年代半ば過ぎは、むかし隆盛を誇った映画会社で、
70年代は、ポルノ映画がメインになった感じ。

○61〜2年は、東宝の黒沢&三船作品がトップ。
62年の「天国と地獄」はテレビで見た。
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小学校の時から、このコンビの作品が外国で賞を
取ったという話は聞いていた。
また、ふたりとも砧の隣町、あの成城に住んでいたが、
よく三船が夜、酔っ払って黒沢の家の前で
「黒沢のバカヤロー!」
と叫んでいると言う噂も耳にした(^^:

ちなみに植木等は、私が住んでいた砧町に在住
(成城ではなく砧というのが奥ゆかしい)
森繁久弥は、その隣の千歳船橋在住。
小田急線でいうと
成城→祖師谷大蔵(砧町)→千歳船橋→至る新宿
まぁ実際に、彼等、有名人を町で見かけたことはないが、、
一度、世田谷通りに停車中の車にフランキー堺が
乗っていたのを見たくらい。
フォト

62年の4位に同社の怪獣映画「キングコング対ゴジラ」
がランクインされているのが特筆される。
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○63年は「日本昆虫記」で日活が首位奪還。
○64年トップの東宝「東京オリンピック」は
配給収入12億で60年代最高。
これは中学の時、土曜の午後の映画上映会(自由参加)
で見たなぁ。

○65年も東宝(赤ひげ)がトップだが、
東映の高倉健、鶴田浩二の任侠モノが2位〜6位を独占
○66年は、「網走番外地 大雪原の対決(高倉健主演)
でついにトップ獲得。
まず東映に付いて言うと、東宝の次にメジャーな映画会社
という気がした。
なんと言っても「東映フライヤーズ」という球団を持っていたほど。
そして子供相手には東宝の怪獣シリーズに対抗して、春休み、
夏休みに「東映まんがまつり」と題してアニメ映画を上映していた
、、ようだが、私はとんと興味がなかった。

で、高倉健と任侠路線だが、、、私は苦手。
あの角刈りの男たちが刃物を振り回すシーンや、
着流しに刺青を入れた上半身を晒し、
ギョロッとした目付きの高倉健のポスターかなんかを見て、
トラウマを起こした。どんなホラーよりも怖い。
怖いと言うより異様。その後、70年代後半から
普通の映画に出演しても、見る気がしなくなった。
まぁ私は彼以外の俳優が出ている邦画にも興味はないが。

72年、映画雑誌に、ある女性アイドルが、
「憧れの高倉を訪ねた」というグラビアがあったが、
意外というより、彼女のイメージに合わないと感じた。

あと、黒沢明監督はヤクザが嫌い。東宝はヤクザ映画を作らない
(70年代に一回作って失敗)
義理と人情、良くも悪くも日本的、男っぽい、親分子分の上下関係、
そしてケンカ、、そういうのは成城を含む砧地域のテイストではない。

まぁ、任侠映画と高倉健のファンの人もいるだろうから
(マイミクさんでは、熱烈なファンはちょっと心あたりがないが)
これくらいにする。今、彼の批判は言えなくなったなぁ。

○67年は1位〜6位まで東宝が独占。それも1位が非・黒沢作品。
この67年、東宝の怪獣シリーズに触発されて、他の映画会社が
こぞって怪獣映画を作った。
大映はすでに65年に「怪獣ガメラ」と「大魔神」をシリーズ化させた。
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東映は時代劇だが、「怪竜大決戦」、松竹が「宇宙大怪獣ギララ』
日活が「大巨獣ガッパ』

私は、逆にこの67年(小学校5年)から怪獣映画に興味を失っていた。
それまでは、64年の「モスラ対ゴジラ」から66年「南海の決闘」
まではほとんど劇場で観ている。
その併映でクレージーや若大将も見たのだが。

○68年も東宝が1,2位(非・黒沢作品)
67〜8年の8位くらいに大映の勝新太郎の「座頭市」が入っている。
この俳優と作品名は聞いたことがある。65年大映の「ガメラ」を
見た時、併映でやっていた。

しかし、私は前述したように、刃物で人を切り殺す映画は好きではない。
その意味では黒沢監督の「七人の侍」も好みではない。
で、勝新太郎も、確かに大スターなのだろうが
、、私には全く実感がない。
それでいて、薬物で逮捕された時の世間離れした大物然とした
態度を見ると、「勘違いも甚だしい」と感じた。
ファンなら、崇めているスターが多少の不祥事を起こし、
場違いな発言をしても許すだろうが、他の一般人はそうではない。

その点、高倉健は大スターになっても謙虚な人だったらしいね
(と持ち上げておく)(^^:

で、「座頭市」と「ガメラ・「大魔神」の大映は、
小学生の私にとっては東宝、東映の次くらいのポジションだった。
しかし60年代で上位の作品はないし、71年に倒産したのは驚いた。

○69年、初めて松竹がトップ。ただし出演は、
石原裕次郎、仲代達矢、浅丘ルリ子、三船敏郎、というオールスター。

手(パー)バス通り(世田谷通り)に映画のポスターが貼ってあったが、
いつも東宝の作品ばかりだった。
「マタンゴ」(63年)を見て気持ち悪くなったこともあるが

東宝は、明るく、健全で、良い意味で「非・日本的」。
私は小学生の時、月刊誌は当時、発行部数NO1の
光文社の「少年」を愛読していたが、イメージは東宝と重なる。
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同誌の人気漫画のひとつ「ストップ!にいちゃん」は、
まさしく加山雄三の「若大将」と植木等の調子の良さを
ミックスした性格。

それでいうと、50年代〜60年代初めまでトップだった
「少年画報」は日活という感じがする。

映画は、60年代半ばまで大衆の娯楽だったが、
70年代にはテレビにその座を奪われた。
少年月刊誌も、同じく少年週刊誌に読者を奪われ、
60年代終わりから70年に掛けて、続々休刊(実際廃刊)。
まぁ映画会社は生き残ったが。

手(パー)砧町には、もうひとつ有名な施設がある。
NHKの技術研究所だ。むしろ私の家のそばにあって、
こちらの方が馴染みがあった。
映画の東宝、放送のNHK,そしてテレビドラマは国際放映、
特撮の円谷プロ、
世田谷区も西の端、田舎の砧だが、日本、そして世界に文化を
発信しているという誇りがあった。

しかし、NHKも、、、(^^:
位置情報■NHKのネット視聴、テレビがない人の受信料など議論へ
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6135111
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