mixiユーザー(id:67250184)

2020年02月05日14:13

58 view

山間の旅館

出張の帰り道、何時もの通り寄り道をしながらのドライブをしていた。
真夏の照りつける太陽は、冷房の効いた車の中から見ても暑そうに感じられた。

いつしか周りは緑に包まれて、小高い山の間をくねるような路になっていった。
坂を上り切ると少し開けた所に街らしき集落が見え、乾いた喉を潤す為に飲み物を求めその街に車を走らせた。

その途中大きなケヤキがある寂れた旅館を見つけ、今日はここに泊まろうと決めた。


街に差し掛かり商店街らしき街並みを眺めたが、すべて戸が閉まっていて開いてる店は見当たらなかった。

はずれまで来てもう一度引き返しながら見たが、店はおろか飲み物の自動販売機すら見当たらなかった。

私は諦めて先ほどの旅館に急いだ。

旅館の前ののケヤキの側に車を停めて、戸を開け中に入り「こんにちは」と奥に向かって声を掛けた。


すると和服の良く似合う若女将風の女性が現れ、「いらっしゃいませ」とまるで風鈴のような声で迎えてくれた。


「今日一晩こちらに泊めていただきたいのですが」
「あっ、はい、よろしいですよ」
「よかった」
「今日はお客様がお一人もいらっしゃいませんから、お好きなお部屋が選べますよ」
「好きな部屋ですか?」
「はい、朝日の綺麗なお部屋と夕日が綺麗なお部屋。
どちらが宜しいですか?」
「じゃあ、夕日の綺麗な部屋が好いですね」
「はい、かしこまりました」

通された部屋は6畳位の部屋だった。

お茶を飲みながら窓を見ていると、確かに山間に沈む綺麗な夕日を観ることができた。

夕飯を食べ布団に入ると、昼間の運転の疲れかあっと言う間に眠りに入っていった。

明くる日の朝あまりの眩しさに目が覚め
「夕日が綺麗な部屋と言ったのに」
そう思いながら目を開けると、私は車中で丸くなって寝ているのに気付いた。

目を擦りながら
「あれ、俺旅館に泊まったはずなのに。
夢だったのか」

そう思いながら寝起きのタバコに火を点け、ゆっくりと吸いこんだ。

しかたなく車を走らせ昨日の街に入ると、そこには昨日とはまったく違う明るい意街並みがつながっていた。

街の中ほどに来ると焼き立てのパンを並べている店を見つけ、車を停め入って見た。

イートインのある小さなパン屋だが、店中に美味しそうなパンの香りが漂っていた。

クロワッサンサンドと珈琲を頼み、スタンドから街並みを眺めていた。

昨日見たときはこんな街じゃなかった。
シャッターのある店すらなかった。

そう思いながら珈琲を飲み干し、クロワッサンを食べて昨日からの飢えを癒やした。

レジで代金を払い車に戻りスーツのポケットから鍵を出した時、何かが歩道に落ちたのに気付き足元を見た。

そこにあったのは昨夜の夕食の際若女将折ってくれた、箸袋で出来た箸置きだった。

0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する