１月１２日 田辺知美
「お椀」
まさかタイトルにあるとおりに、お椀を持って出てくるとは思わなかった。
第Q芸術のホールを、横に使って（長辺を奥行きとするのではなく，短辺を奥行きとして使う）奥行きのない空間を作り、畳一枚ほどの大きさ、厚み１２�僉並進�）の平台を二枚合わせた一坪ほどの舞台。それを２段重ねにしてあるから、高さは２４�僉並進�）。さらにその上に畳半分の平台を２段重ねにしてある。会場に小さな島を出現させたように見えないこともない。
その舞台を取り囲むように半円形に観客席がセットされている。
観客席後方下手側から現れた田辺は、左手に甲から手首につながる黒いサポーター様のモノを付けている。服（衣装というより服というのが似つかわしい）は薄いベージュ色の長めのワンピース。足には黒いソックスといういでたちで、照明の関係で当初は定かではなかったが朱塗りの椀を両の手で胸の前あたりに、捧げ持つというには低めに持っている。
上体をやや左に傾げて、観客席の後ろを上手側にゆっくりと進む。
まるで椀の中にある液体をこぼさないように慎重に歩を進める子供のように、肩に力がこもっている。左に傾げた上体。力がこもって固められた肩。
これだけで十分に変だ。
上手側まで来たところで、観客の間を割るようにして、舞台に進み出る。
舞台前の低い場所に出ると、腰をかがめ四つん這いのようになり、さらに身体を低くして匍匐前進のように動き出した。
そこから体を横に転がすように舞台に上がった。
上がりきったところで、身体は低いまま向きを変え、舞台に上がるときに体で押して動いてしまった、半畳の平台を動かし始めた。
「元に戻すのか？それはつまらない」と私が思ったのが伝わったわけではないだろうが、田辺はさらに押し続け平台は元の状態以上に時計回りにずれていく。一渉り低い姿勢で動いた後、徐々に立ち上がり壁を撫でまわすような仕草をした。
立ち上がる前に腕を虚空に差し出すような、空に何かを描くような、あるいは空間を探り触れるような、なんとも決めかねる動きを何度か繰り返していた。
そして相変わらず上体の傾いだ、異様とは言えないが奇妙な姿で下手にはけていった。
何が起きたのか？と問われれば、舞台上にも田辺の身体にも何も起きなかった。ただそれだけ。
一方、観ている私は、とらえどころのない焦燥感を伴って、身の置き所を失ったような、言いようのない時間の中をさまよっていたような気がする。
朱塗りの「椀」に特段の象徴的な意味がないのはもちろん、田辺のふるまいの一つ一つにも意味は見いだせなかった。
意味を喪失した時間と空間に、わたしは出くわしてしまったのかもしれない。
存外、世界はそんなものかもしれない。
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