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2019年12月21日15:19

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『宗教哲学―序論』を読んで

西谷啓治先生の各位論文である『宗教哲学―序論』(『西谷啓治著作集第6巻 宗教哲学』)を読む。まだ細かくは読んでいないが、ザっと�犲个疇匹澂瓩靴織譽戰襪任△襦�

西谷啓治先生は、宗教の立場を�狄�仰の立場�甅倏Ъ韻領�場�甅瑜鷂海領�場�瓩了阿弔吠�け、対立する�狄�仰の立場�瓩鉢倏Ъ盈�場�瓩箸鯤餞泙垢覘瑜鷂海領�場�瓩鯱世犬蕕譟↓瑜鷂海領�場�瓩論祥涼羸い砲�ける神秘主義の立場、とりわけマイスター・エックハルトのドイツ神秘主義の立場に近い立場として論じられていた。

西谷啓治先生は、この『宗教哲学―序論』において「宗教と哲学」と「悪の問題」という宗教哲学の根本問題を論じておられたが、いずれの問題でも「自己」という問題を起点として論じられているところに、『宗教哲学―序論』に続く西谷啓治先生の主著である『宗教とは何か』への試作の筋道を見出したように思われる。

『宗教哲学―序論』を読んで感じたことは、西谷宗教哲学の根本問題とは、やはり�爛縫劵螢坤爐猟狭遶瓩砲△蝓△修離縫劵螢坤爐猟狭遒髻▲疋ぅ朕脆觴腟繊△修靴徳喫�教によって超克しようとするものである。

その意味からも西谷啓治先生の『ニヒリズム』(『西谷啓治著作集第8巻』)は再読しなければならない。

わたしの思索は、西谷宗教哲学から西田・田辺哲学、親鸞教学、そして西谷宗教哲学と同じルートをグルグルと回っているだけのように思える。西谷啓治先生から頂いた『親鸞とマイスター・エックハルトとの信仰上の近さと遠さ」という問題にはまだまだ到着しようもない。

しかしそれはそれで面白いものでもあるのだが。
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