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2019年10月31日12:18

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同性婚と日本社会における�犖弔量だ�熟さ��

(あすを探る 憲法・メディア)同性婚、取り残される日本 曽我部真裕
 先週、台北で開催された同性婚に関する国際シンポジウムに縁あって招かれ、報告をしてきた。同性婚をめぐる日本の立法や憲法論の現状について報告したのだが、欧米を中心とする各国の専門家の報告を聞くにつけ、強烈な疎外感に襲われた。ほとんど知己のいない中、慣れない英語での議論であったこともあるが、なによりも、この分野で日本は完全に取り残されていることが肌感覚で分かったからだ。ある程度の知識はあったつもりだが、直接こうした雰囲気に接したことの衝撃は大きい。
 台湾では2017年、同性婚を認めないことが憲法違反だとする憲法裁判所の判決が出され、今年5月、同性婚を認める法律が制定された。アジアで初めてのことである。しかし、保守派の反対もあり、異性間の婚姻と全く同じとまでは行かず、同性カップルの子供をもつ権利との関係ではまだ制度が不十分だと指摘されている。今回のシンポジウムはこうした問題意識を背景とし、さらなる改革を求めるためのものである。
 世界を見渡しても、日本とイタリアを除くG7諸国を含む28カ国・地域が同性婚を認めているとされ、結婚に準じるパートナーシップ制度を認める国も含めればその数は更に増える。これに対して日本は、同性婚はおろか、パートナーシップ制度も国レベルの法律としては存在しない。今回、同性婚を認めるまでの段階として、同性愛行為の解禁から始まり、同性愛者の差別禁止法を経てパートナーシップ制度や同性婚の制度化という発展をたどる各国の傾向が紹介されたが、それによれば、日本はまだ最初の段階にあるにすぎない。
 確かに、15年には東京都渋谷区で同性パートナーシップ登録制度を定める条例が制定され、企業等での取り組みも少しずつ進んでいるなど、近年、進展が見られる。また、今年は、同性婚を認めるための議員立法が国会に提出される一方、同性婚を認めないことの違憲性を問う訴訟も提起されてこの問題に一定の関心が集まった。ただ、近いうちに法案が成立し、あるいは裁判所の違憲判決が出される可能性は必ずしも高くないというのが実際のところだろう。
 今回のシンポジウムでは、同性婚の制度化のさらに先の問題として、養子縁組や生殖補助医療により同性カップルが子どもをもつ権利をどのように認めるかということもテーマとなっていた。日本では同性婚そのものに対する世論の理解は多少進んできたが、同性カップルが子どもをもつということにはまだまだ抵抗が強いのではないだろうか。
 そもそも、日本では、婚外子、女性、外国人等々、少数派あるいは社会的弱者の権利の承認はことごとく遅れている。つまり、これは個々の少数派の権利救済の問題であると同時に、社会や政治の仕組みの問題である。当事者が声を上げることにハードルがあるのか、当事者を援助する人権団体などの力が及んでいないのか、報道機関の問題意識が不十分なのか、憲法学者を含む研究者の現実との関わりが足りないのか、省庁の感度が鈍いのか、国会や政党のあり方に問題があるのか、直接民主制的な仕組みがないのが問題なのか、裁判所が権利救済に消極的すぎるのか、等々、どこに取り組みが進まないことの目詰まりがあるのかをよく見極める必要があるだろう。これらの点はそれぞれ憲法に関わるが、特に政治の仕組みに問題があるということだとすれば、それは正面から憲法の問題だということになる。
 台湾が独裁体制から民主化に向かったのは80年代末のことであり、歴史はまだ浅いが、すでに政権交代が定着し、憲法裁判所も機能していることが示されている。日本がアジア諸国と対等な立場で交流し、学び合わなければならないのは、経済に関してだけではなく、政治の仕組みについてもである。
 何が本当に取り組むべき憲法問題なのか、考えさせられた旅であった。
 (そがべ・まさひろ 74年生まれ。京都大教授、憲法・情報法。著書に『反論権と表現の自由』など)
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上記は、今朝の朝日嗔分に掲載されていた、「(あすを探る 憲法・メディア)同性婚、取り残される日本 曽我部真裕」の全文である。

曽我部真裕氏は次のように書き起こしている。

�狎莉機�台北で開催された同性婚に関する国際シンポジウムに縁あって招かれ、報告をしてきた。同性婚をめぐる日本の立法や憲法論の現状について報告したのだが、欧米を中心とする各国の専門家の報告を聞くにつけ、強烈な疎外感に襲われた。ほとんど知己のいない中、慣れない英語での議論であったこともあるが、なによりも、この分野で日本は完全に取り残されていることが肌感覚で分かったからだ。ある程度の知識はあったつもりだが、直接こうした雰囲気に接したことの衝撃は大きい。��

曽我部真裕氏によると、2017年台湾では合成婚を認めないことが憲法違反だとする憲法裁判所の判決により、同年5月に同性婚を認める法律が制定されたという。�爛▲献△能蕕瓩討海箸任△襦��瓩任蓮�日本ではどうだろうか。曽我部真裕氏の�爐覆砲茲蠅癲△海諒�野で日本は完全に取り残されていることが肌感覚で分かったからだ�瓩箸いΩ斥佞鯊圓弔海箸覆�、この分野では日本は�犖綽聞餃瓩覆里任△襦�

�狎こΔ鮓�渡しても、日本とイタリアを除くG7諸国を含む28カ国・地域が同性婚を認めているとされ、結婚に準じるパートナーシップ制度を認める国も含めればその数は更に増える。これに対して日本は、同性婚はおろか、パートナーシップ制度も国レベルの法律としては存在しない。��

これがこの分野における日本の現状である。しかしこの日本の現状は一体何を意味するのであろうか。今回のこの記事でのわたしが最も注目したのが次の一文である。

�爐修發修癲�日本では、婚外子、女性、外国人等々、少数派あるいは社会的弱者の権利の承認はことごとく遅れている。つまり、これは個々の少数派の権利救済の問題であると同時に、社会や政治の仕組みの問題である。当事者が声を上げることにハードルがあるのか、当事者を援助する人権団体などの力が及んでいないのか、報道機関の問題意識が不十分なのか、憲法学者を含む研究者の現実との関わりが足りないのか、省庁の感度が鈍いのか、国会や政党のあり方に問題があるのか、直接民主制的な仕組みがないのが問題なのか、裁判所が権利救済に消極的すぎるのか、等々、どこに取り組みが進まないことの目詰まりがあるのかをよく見極める必要があるだろう。これらの点はそれぞれ憲法に関わるが、特に政治の仕組みに問題があるということだとすれば、それは正面から憲法の問題だということになる。��

�狒�択的夫婦別姓制度導入�瓩竜 ̄燭�高まったとき、反対派が行ったことは、両親がそれぞれ別々の苗字ならば、その家の子供の成長に悪影響があると、他人の家庭のなかにまで入り込んだ物言いをした。しかし今回の文科省の民間の英語試験を共通試験に取り入れるという問題には全く無関心なのである。オイオイと言いたくなる。

�狒�択的夫婦別姓制度�瓩盞�ならば、自分は選択しなければいいだけのことである。しかしそういう法律が制定されれば、何かしら夫婦別姓を強いられるという感覚が強くある。日本社会における�犖弔量だ�熟さ�瓩鬚茲�表している。しかしその�犖弔量だ�熟さ�瓩�性的マイノリティ等の社会的少数者にすべてしわ寄せを着ている。

同性婚が合法化されたからと言って、すべての人が同性婚しなければならないとかのような錯覚に陥ることがわたしにはどうしてもわからない。なぜそうなるのか、自分の結婚相手の性別ぐらい自分の意志で決めろと言いたくなるのであるが。

�狢耋僂�独裁体制から民主化に向かったのは80年代末のことであり、歴史はまだ浅いが、すでに政権交代が定着し、憲法裁判所も機能していることが示されている。日本がアジア諸国と対等な立場で交流し、学び合わなければならないのは、経済に関してだけではなく、政治の仕組みについてもである。��

今朝、「羽鳥慎一モーニングショー」の�犇明酖阿里修發修眩躙Ν瓩覇�本はあらゆるデータ上、日本はもはや先進国ではないということをやっていた。とくに教育に欠けるGDPの割合は43か国中の40位というデータも示されていた。日本はこの分野以外のあらゆる分野でもはや�犖綽聞餃瓩覆里任△襦�では、日本が先進国になるためには何をすべきなのか。そもそも総研では教育・研究費の増額しかないと結論付けていたが、わたしには曽我部真裕との今回のこの記事と決して別の話ではないように思えて来たのである。

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