今から思うと、母にとってわたしがひとり暮らしをはじめるということは衝撃的なことだったろうと思う。
わたしは何かあると、すぐに母に相談していた。わたしは本当に�爐�母さんっ子�瓩任△辰拭�だから東京出張時はいつも新幹線の新大阪駅まで送ってくれていたし、帰りは一度タクシーでのトラブ゛るがあったということを聞いて以来、母はずっとタクシーで新大阪駅まで迎えに来てくれいた。
そんなわたしが自分の手元から、しかも十分な話もなしに、離れていくとは衝撃的な出来事であったであろう。
わたしがひとり暮らしをはじめて初めて母と会ったのは、40日後のことでわたしがヘルパーさんと二人で区役所にいく途中であった。
�犇萍鮟蠅帽圓�途中、道端でわたしの方を見て微笑む老婆がいた。なんとわたしの母親だ。母親がわたしの部屋へ遊びに来てくれる途中だったのだ��
遠くに一人の老婆がこちらに向いて歩いてくる姿が見えた。その姿を見た瞬間、わたしにはその姿が母だとわかった。
母は友達の家に行く途中でわたしが暮らす部屋を探しに来たと言っていた。
�猜貎討隆蕕鮓�るのは、一カ月ぶりで母親は一度もわたしの部屋に来たことがない。母親は心臓が悪い。だから妹たちにどうも私の部屋に行くことは止められているようだ。しかし母親はあそこまで歩いて来てくれたのだ。とてもとてもうれしく思う。感謝、感謝である。��
あのとき、ヘルパーさんがわたしにこのままお母さんと一緒に部屋に戻ることを勧めてくれた。しかしわたしは母との関係よりヘルパーさんとの関係を優先させて区役所にむかうことを選択してしまった。
NHKの受信料の問題があり、ヘルパーさんとのスケジュールを優先され、母との親子の対話を後回しにしてしまったのである。
今から考えると、母が新しく暮らし始めたマンションからわたしの部屋までかなりの距離がある。なのに母はその距離を歩いてきてくれたのだ。
わたしがひとり暮らしをはじめて母はわたしに電話をかけてきてくれてはよく啼いていたという。だから下の妹はいつしか母にわたしに電話をかけることを禁じていたという。だから母は妹たちに隠れるようにわたしに電話をかけ、わたしの部屋に来たりしていた。
母にとってわたしがひとり暮らしをはじめたということは衝撃的なことであったのだろう。今からそんなことを思ったりする。
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