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2019年08月07日01:36

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「もうたくさん」

 むかし、「もうたくとう」のことを「マオツォートン」といわれて、びっくりしてしまったぼくは、「けたくさん」だか「もうたくさん」だかとよびまちがえた話を聞いても、それを笑う資格なんてまったくないのだ、とおもう。

 ところで、G・オーウェルが1945年10月に発表した「ナショナリズム覚書」(Notes on Nationalism)の次の一節、いまぼくらの周囲の至るところで起こっていることの平明な分析だとおもう。同じ時代を生きているとしかいいようがない。「ディベート大会」なんてまさしくそのままです。

「全てのナショナリストは過去が改変可能であるという信念にとり憑かれている。自分の時間の一部をファンタジーの世界で過ごし、そこでは物事はあるべき姿……例えばアルマダの海戦は成功裏に終わり、ロシア革命は一九一八年に粉砕されたという具合……で実現される。そして可能な場合にはいつでもナショナリストはその世界の断片を歴史に刻み込もうとするのだ。プロパガンダの書き手によって書かれた現代史はたんなる虚偽と変わらない。重要な事実はもみ消され、日付は差し替えられ、引用された言葉はその意味を変えるために文脈から切り離されて改ざんされている。起きるべきではないと感じられた出来事は取り除かれて無視され、完全に消し去られる[下記の注記]。一九二七年、蒋介石は数百人の共産主義者を生きたまま釜茹でにしたが、それから十年も経たない内に彼は左派の英雄になった。国際政治の再編が彼を反ファシスト陣営に引き込み、それによって共産主義者の釜茹では「無効」扱い、あるいは存在しないことになったのだ。プロパガンダの第一の目的はもちろん同時代の世論に影響を与えることであるが、歴史を書き換える人々はおそらく頭のどこかで本当に過去に事実を差し挟むことができると考えているように思われる。ロシア内戦でトロツキーは重要な役割を果たしていないと示すために入念に作り上げられた偽造資料をよく検討したことがあれば、偽造をおこなった人々がたんに嘘をついているだけだとは感じられないだろう。それよりも自らが書き記したことこそが天地に誓って実際に起きたことであり、自分はそれに従って記録を再編集し、正しているのだと思っていると見たほうがいい。

 [注記:一例が独ソ不可侵条約だ。これは考え得る限りで一番早く人々の記憶の中から消え去っている。ロシアにいる知人が私に教えてくれたところによれば不可侵条約はすでに近年の政治的な出来事がまとめられたロシアの年鑑からは削除されているそうだ。(原著者脚注)]

 世界の一部を他から切り離して封じ込めるこの行為によって客観的真実に対する無関心さは促進され、本当に起きたことが何なのかを知ることはどんどん難しくなっていく。最重要の出来事に対してさえ強い疑念が生まれることもしばしばである。例えば今回の戦争の死者の数が数百万かあるいは数千万か見積もることさえできないのだ。悲惨な事件……戦争、大量虐殺、飢饉、革命……が常に報道され、一般の人々はそれが現実かどうかわからなくなっていく。それが真実か確認するすべを持たず、実際に起きたことなのかどうかさえ確信が持てないまま常に異なる情報源から全く異なる説明を示されるのだ。一九四四年の八月のワルシャワ蜂起で起きたと言われることの何が正しくて何が間違っているのだろうか? ポーランドにあったと言われるドイツの手によるガス室の話は真実なのか? ベンガル飢饉の責任を問われるべきなのは本当は誰なのか? おそらく真実を見つけ出すことは可能だろうが、ほとんど全ての新聞はそれらの出来事に対してあまりに不誠実な説明を与えている。一般読者が嘘を信じこんだり、意見を組み立てられずにいるのも無理からぬことなのだ。本当に起きたことが何なのか確実なことが何も言えない状況で人は容易に狂った信念を抱く。疑いのない確証や反証が得られなければ最も明白な事実であっても臆面もなく否定され得るのだ。さらに言えば権力や勝利、敵の打倒、報復について際限なく思い悩んでいるにも関わらず、ナショナリストはたいてい現実の世界で起きていることに対してどこか無関心である。彼が求めているものは自分が属する構成単位が他の構成単位を圧倒していくという気分なのであって、それを得るには敵対者を貶める方が事実が自らの思った通りなのかどうか検証するよりも簡単なのだ。ナショナリストの論争ときたらどれもディベート大会でおこなわれている程度のものと大差なく、議論はいつも堂々巡りである。それぞれの論者が決まって自らが勝利していることを信じて疑わないためだ。一部のナショナリストの中には統合失調症とほとんど変わらない者もいる。彼らは物質的な世界とは何らつながりを持たない、権力と征服の幸せな夢の中で暮らしているのだ。」
https://open-shelf.appspot.com/others/NotesOnNationalism.html
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