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2019年07月15日08:13

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蟻の街の子供たち 北原怜子(きたはらさとこ)−67

聖母文庫 聖母の騎士社刊

そこで、この際、蟻の街の子供たちの向学心をそそるには、どうしても、海と山とが充分に観察できるような修学旅行をさせなければいけないと思いつきました。
 しかし、蟻の街の子供たちを連れて旅行するということは、大変難しいことです。現に私は七月の初めに、片瀬の海岸へ日帰りの遠足を試みただけで、相当苦い経験を致しました。

 あれはたしか、六月末日の土曜日だったと思います。いよいよ正式に、明日の片瀬遠足を発表すると、子供たちはそこら中をとび回って喜びました。しかし、源ちゃんと、弟の静夫ちゃんは急にしおれて、子供たちの群れから離れてしまいました。それは、いかなる理由にせよ、子供が外出することを、お父さんが喜ばないからでした。
 私は打ちしおれて、窓際の方へ行ってしまった源ちゃんに近寄って、
「大丈夫よ、先生がまた頼んであげるから」と、自信を持たせるように慰めました。
「しかし、お金がいるのだったら、強制的には連れて行けませんよ」と、松居先生から、そっとご注意がありました。
「いいえ、お弁当だけあれば・・・。それも、日の丸弁当にきめてあるんですから」
 その頃、子供会は、遠足の費用位はちゃんと貯金してあったのでした。
「あいにく源ちゃんのところには、梅干しどころか、お米がないかもしれませんからね」
 私は、そこまで気がつきませんでした。たしかに、源ちゃんのところでは、お弁当を作ることもできない、と思いました。結局源ちゃんと静夫ちゃんには、前の晩に、こっそりと、私の家からお弁当を届けることにきめました。
 ところが、私がそのことを宮坂さんのところへ知らせに行くと、お父さんはさも困ったような顔をして
「いやあ、なあに、弁当はいいが、源の靴も静夫の洋服もありはしねぇんでね」
 とそばの静夫ちゃんの方をじろっと見ながら言うのです。静夫ちゃんは上半身裸で、バケツを手にしてぼんやり立っていました。中には先刻父に水びたしにされた一張羅のシャツが入っています。私は宮坂さんが子供を出したがらず、無理に行けない理由を作っているのに気づきました。
 松居先生と相談して、こっそりそのシャツを私の家へ持って来て、四時頃起きてアイロンをかけたのですが、何しろ洗濯など一度もしたこともないらしく、垢でゴワゴワして水が切れないので閉口しました。源ちゃんの靴もととのえ、お弁当は、皆に分からぬように、早朝松居先生に届けて頂き、自分の家から持って来たように子供たちに思わせました。それでやっと宮坂さんを納得させたのです。

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