箇条書きで記載します。
・私が小中高生の頃は「ノストラダムスの大予言」がクラスの話題になっていました。
・(今だからいくらでも言えると言われそうですが)私は他の人が言うように「人類滅亡」はないと思っていました。
・その根拠として以下の有名な詩でマルスは幸運によって統治するだろうとあり、統治があるということは人類滅亡はないと思っていました。
1999年、7か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
アングーモワの大王を蘇らせるために。
その前後、マルスは幸運によって統治するだろう。
・しかし、1999年前後に「人類滅亡とまではいかなくても、とんでもない出来事」が起こるのではないかと思っていました。
・具体的に「いつ、何が起こるの」知りたいと思ってオカルト系の月刊誌のバックナンバーを買いあさりました。
・1993年から1994年にかけて以下のように集めました。
・A誌
1981年7月号から1995年2月号まで145冊(1985年から1993年までは全号購入)
・B誌
1984年9月号から1988年3月号まで28冊(1985年は全号購入)
・C誌
1冊
・D誌
1冊
・余談ですが、1995年以降はやっていません。
・その中で予言的なことが書かれている記事は切り抜きました。
・今回は記事の中からで予言的な事が書かれている行だけ切り抜いてノートに貼ったものを2019年に読み返してどうだったのか振り返りたいと思います。
・注意事項として、切り抜いたものなので○年△月号の記事で誰が言ったのかが明確になっていないものが多いです。
・一部抜粋とコメントという形にします。
1.掲載年月不明
・一部抜粋
仏教の経典の中で予言の記された経典がある。
”大方等大集月蔵経”がそれである。
この経典には釈迦の説く末法の世の具体的なありさまが描かれているのだ。
「・・・人々は疑い深くあり、財をむさぼり、邪淫を犯し・・・悪事に奔走する。また、自らを高ぶり他を軽蔑する・・・これをもって天は雨をふらさず、・・・・飢饉が世間にあまねく。飲食乏しく、怒りて互いに侵奪す・・・殺害して慈悲なし、父母に孝ならず・・・戦いを楽しみ・・・互いに欺きあう」
これは、いつの時代のどこのできごとというわけではなく末法の世になればこうなるという話である。
だが、これを今の時代に当てはめてみたらどうだろう。
人々の心からは人間的な暖かさが失われて、他人を信用しなくなり、立身出世と金だけを生きがいにして働く。満たされぬ心を慰める手段と言えば夜の歓楽街。ピンク産業とサラ金だけが超え太り、家庭は親子のきずなが切れて崩壊寸前。犯罪はますます凶悪化し、子や親といえど欲望のために平気で殺傷する・・・
これは、この日本の社会のありのままの姿である。
また、この末法予言のとおり、雨は降らず、異常な気象が世界をおおっている。食料は世界的に不足し、アフリカや南アジアでは餓死者が続出している。
釈迦は、ノストラダムスのたぐいの大予言は行っていない。
釈迦にとって具体的な現象は些細なことなのである。それよりも法がすたれ、人間の悪しき欲望が野放しになることが憂うべきことだったのである。
・コメント
確かに、現代は末法の世であると思わざるをえません。
しかし、これは一般論であり、末法の世になれば、全世界的に飢餓や人心の荒廃がおこるという意味では当たっていると思います。
しかし、具体的に○年△月にどこで何が起こるのかというピンポイントでの回答にはなっていないなと思いました。それについては、ピンポイントな話は些細という回答が出ていますね。
続きます
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