戦後のNHKが、BBCを理想として立ち上がったことの結果でしょうね。
BBCが、大英帝国の植民地における残虐行為を認めるわけがないわけで。
その残虐行為からアジア諸民族を解放するとして戦った日本の戦争を、ナチスドイツ
と同等の戦争犯罪として断罪している以上、NHK報道局も、同じBBC史観に立た
ざるを得なかった。
当然それは大英帝国とアングロサクソンの立場に立った史観であって、それをそのまま
日本の歴史に適用すると、自虐史観にならざるを得なかったわけで。
NHK報道局としては、戦後70年以上も続けてきた自分たちの報道姿勢を、今更
間違っていたなんて、認めるわけにはいかないと言うこと。
世界の現実が、アジア諸国の復興の過程に入ったとしても。
彼らの多くが、日本の「いわゆる侵略」に感謝しているとしても。
明治維新が、それ以前の日本の歴史との、非連続の切り替えポイントとして存在する
から。
明治維新への大英帝国の関わりの部分から、BBC史観に移行するために、無理な
解釈を積み重ねざるを得なかったと言うこと。
明治維新が、先にフランスが浸透していた江戸幕府を、薩長を傀儡とした大英帝国が、
後から来てぶっつぶした戦争だったという事実。
薩摩も長州も、坂本龍馬も、大英帝国の傀儡に過ぎなかったということを、徹底的に
隠してきたわけで。
日本を英国植民地にしなかつたのは、徳川慶喜と勝海舟、そして江戸無血開城の
おかげだったという事実ですね。
徳川慶喜は、鳥羽伏見に錦旗が現れる前、大阪湾に集まっていた、英国主導の
外国艦隊と外交団との交渉で、徳川政権が大英帝国の承認を得られなかった時点で、
敗北を受け入れたと言うこと。
それで慶喜は、鳥羽伏見で戦わず、大阪城でも江戸城でも戦わずに謹慎を貫いた
ことで、日本国を植民地化から救ったのだと言って良い。
対して清朝は、自国民の反乱を鎮圧するために、欧米の兵力を利用した。
そして、中国大陸は欧米の半植民地となり、軍閥が割拠する地になったわけで。
司馬遼太郎は、江戸時代以前の日本史を、自虐史観から解放したけれど、
明治維新以降については、BBC史観からの解放はしなかった。
だからこそNHKの大河ドラマに、あれほど繰り返し採用されたわけで。
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