http://berg.s1.bindsite.jp/sako3/cn23/pg361.html
光栄と言うべきか?
笙野頼子という純文学作家が、「群像」に「返信を待っていた」という短編を書いている。
小説、らしいが、ここ最近作者自身の身近に起こったことや考えたことを脈絡無くつづっているエッセイのような内容だが、これが私小説なのか?
知人の作家の死やデモにいった話のつれづれに、唐突に(本当に唐突に)少し前にツイッターで話題になったベルク炎上について、周回遅れのデマを書いている。
ベルク炎上って何?という人もいるだろうから、少し前にも触れたが、まず、私なりにまとめてみる。
fミニヨン氏(以下fと略)というツイッターアカウントの
「久々にベルク行ったけど禁煙じゃなかったんだね。料理は美味しかったけど副流煙が気になった。自分も昔は喫煙者だったんだけど」
といったたわいもない呟きが発端。
それを自店をエゴサしていたベルク店長井野氏(以下店長と略)が
ご利用ありがとうございます」という挨拶とともに、店の壁にも貼ってある喫煙者への注意書きと自店の経営方針を書いたリンクを示す返信をした。
https://www.facebook.com/tomoya.ino/posts/1637585339653724
それだけの、なんの問題もなさそうなやり取りだったのだが、なぜかfがご立腹。無礼だ、不躾だ、あんな長文読まされる身にもなれと。
ベルクはカウンター式の狭い店でL字型の店舗の短い側の奥に厨房があり、そこから対面式で料理を渡すカウンターがある。
その正面がテーブル式の禁煙席で、角を曲がった長い側が喫煙席。
そこは一方が立食カウンター一方がテーブル席なのだが、その一番角っこの禁煙席に近いカウンターの壁には「ここではタバコはお控えください」とあり、実質的禁煙席。
他にも、丁重な言葉ながらチェーンタバコ歩きタバコ香りのキツイタバコはお控えくださいと注意書きがある。
ついでに、ナンパについても注意書きがある。
これは注意じゃないけど、ベルクで発行してる壁新聞も貼ってあり、定期的に壁面を利用したいろいろな展示があり。
つまりは、「過剰さ」のある店なのだ。
私はそういうところを気に入っているが、人によっては「うざい」と感じるだろうし、それは人それぞれの感じ方だ。
fに対し店長氏は「不躾でした」と謝罪し、fは二度と行かんわ、こんな店、と捨て台詞を残して終わる、なら、まあ「ベルク」がお気に召さなかったんだろうなあでおわる話。
なんだが。
このf、なぜか「自分だけ」が店長に狙われたと言い出した。
大半のツイッタラーには知らぬことだが、、このf、主婦ライターのいう触れ込みでツイッターフェミニストと呼ばれるアカウントの女性たちにはそこそこ有名でシンパのいるアカだった。
で、ツイファミ達を煽り、それに乗せられた珈音氏というリアルでは大学の先生をしているというアカウントが
「店長氏は女を狙い撃ちしている」
と言い出す。
これになんら根拠は無い、そもそも、数ツイートだけで性別など解ったらエスパーだし、実際、店長氏はfのツイートぶりから中年の男性だと思ったと言われている。
まして、fが女性と解っていたとしても、別にセクハラ的なツイートをしたとかわいせつな画像を送りつけたわけでもない。
飲食店の店長が利用客へご挨拶のツイートをしただけで、fの性別なんぞなんら関係ないはず、なのだ。
関係ないはず、なのに、なぜか、とても大学で教鞭をとっているとは思えない根拠の無い思い付きをした珈音氏のツイートを、fは既成事実として
煽り、それに多くのツイフェミアカウントが乗せられた。
あとは、群集心理とでも言うべきか。
いつの間にか店長は
「女に上から目線でマウントし、思うような賞賛が返ってこないと逆恨みして粘着する女性差別主義者」
にでっちあげられていた。
彼女らの中では、自分たちが過去に受けたであろう男性(特に年長や地位が上の)からのマウンティングやハラスメントが勝手に店長に重ねられていたのだ。
これこそ八つ当たりというか、江戸の喧嘩を長崎でというか。
こうなると、店側が何を反論しようと叩きは静まるどころか益々エスカレートする。
なにせ、実際の「女性差別の根拠が無い」のだから。
店長氏を「痴漢だ」とか、ベルクの退店署名を集めてルミネエスト(テナント主)に出すよう呼びかけたり、他にも、相当ひどいデマが流れた。
このいわれ無き中傷とデマを打ち消そうと声を上げたアカウントの人たちがいた。
その中には路上でレイシストのヘイトスピーチと対峙したカウンターの人たちもいた。
そのうちの一人、野間氏という人物が「アホフェミが」と言ったことで、その言葉がまた一人歩きする。
今回問題の笙野頼子氏が以前書いていたイカフェミがどうのアホフェミがどうのというのは、多分、このあたりを小耳に挟んでのことだろう。
小耳に、と断言するのは、あまりにも書いていることがずれていたというか、状況に入ってなかったからだ。
それについては、今回の件でより確信を深めたが。
この「アホフェミ」という言葉はフェミニストをアホといったわけでもなければ、当然ながら、フェミニズムを侮辱したわけでも勿論無い。
一連の流れで解るように、事の流れを一切検証もせず、一方的な言い分を信じ込み、集団心理に煽られて、一飲食店店主に差別主義者のレッテルを貼り、攻撃したことに対しての批判だ。
そして、この「アホフェミ」は見事に正鵠を得ている。
実際、発端でこの話にちょっと食いついたファミアカの人たちの中でも、多少事情を理解すると
「あれ?」と思って、以降、一切、この件に触れなかった人たちも多い。そういったリテライシーのある「かしこフェミ」が去ったあとに残ったアホフェミが繰り広げた炎上騒動だ。
この騒動、ツイッター内部だけでは収まらず、リアルでも店舗に嫌がらせの電話やメールが来て、お店で働く人たちもかなり精神的に負担になっただろう。
(そうじゃなくても、忙しそうな店なのに…)
いつまで続くと思われた騒動だが、「女狙い撃ち」と言い出した珈音氏が、直接、店に出向いて謝罪をすると宣言した。
当初はツイッター上で起きたことだからツイッター上で…と店側も申し出たようだったが、ネット上だけだと誤解が生じたりする可能性も強いということで、結局、店が落ち着いて時間(一番客足の少ない時間帯)に出向いて謝罪し、店長ご夫妻もそれを快く受け入れた。
いろいろあったが、これで一件落着、めでたし、めでたし…
になるはずなのに、ここで気がすまなかったのはfである。
炎上の原因を作っておきながら、いざ騒ぎになると、この話には触れなかったわりに、珈音氏の謝罪宣言が出ると蒸し返し始め、
挙句は「ベルクに謝罪を要求する」と言い出した。
謝罪って言ったって、別に店側がfに何をどう謝罪するのか。
ルミネにメールを出し、フォロワーにもそれを呼びかけたようだが、一体、何をどうメールするんだか、ワケワカラン。
こうなると、もはやモンスタークレーマーである。
どうやら、この人、過去にもメガネ王とか言う人と論争になって、それを取り上げたソラノートというところの取り上げ方が不公平だったからと賠償金を払えとねじ込んだ過去があるらしい。
つまり、そういう体質の人なのだ。
ご自分の満足いくような謝罪が受けられないとなると、今度は、自己弁護たっぷりのブログをアップ。
いい加減、乗せられたアホフェミ連の皆さんも気がつけばよいのに、それに気がつかないところがアホフェミのアホフェミたる所以であるのか。
このfのブログ、相当なアクセス数を稼いだようである。
本人はハイテンションでご満悦。何万アクセス超えた〜超えた〜と、ツイッターで狂喜乱舞。
しかも、途中からか、課金制にしたらしく、小旅行できるくらいの金額になったと本人申告。
それでも、まだ、偶然とはいえ、入ったそのお金をフェミニズムのためというか、例えばDVシェルターを運営するNGOや、シングルマザーの支援団体に寄付するとか言うなら
それでも、この人は「フェミニスト」ではあるんだろうなと思えた。
ところか、このf、その金で北海道旅行をし、その旅行記をルンルンでツイッターにアップしているという後日談まである。
主婦「ライター」って、こういう「ライター」ですか、はあ、ネット炎上で小遣い稼ぎね。人の不幸で食う飯はそんなに美味いかと個人的にはこのfに言いたいが。
それ以上に、真面目に女性差別と闘おうとしたつもりが、結局、モンスタークレーマーの遊興費稼ぎに利用されたアホフェミの皆さん、どう思うの?って聞きたいんですが。
彼女らは「間違えを認めたら死ぬ病」なのか、それとも、この期に及んでも自分の判断ミスに気がつかなかったのか、きっと両方だろう。
fさん、旅行楽しんでねえ〜とお気楽に言ってるか、もう、次の叩き相手を見つけたか。
ベルク炎上の、一連は、結局、こういうことなのだ。
思うところはいろいろある。ツイフェミと呼ばれた一部の人たちのリテライシーの低さ故に、本来、ネットにおけるファミニズム運動のひとつの可能性をかなり潰してしまったこと。
この件で、本来、共闘すべきパートナー足りえる人々に呆れられ、背を向けられた、というより、自ら背を向けたといってよい。
実際、ベルクのデマ消しに懸命になったのは、普段からのツイートで政治的にリベラルで物事に公正を求める声を発している人たちが多かった。
特にリアルでレイシストにカウンターを行った人たちが熱心に発言したのは、「反差別」運動を行なう上で、差別者以上に危惧すべきは「差別の捏造、でっち上げ」だろう。
差別でないものを差別といって叩けば、その時点でその運動は、単なる言いがかりのエセ行為となってしまうのだ。
女性差別を解消するため、ツイッターというツールを通して社会にコミットしていこうというのなら、まず、一番に参考とし取り入れなければならない手段のはずだ、本来は。
しかし、それは望むべくも無い。
ツイフェミ全てとは言わないが、少なくともベルク炎上に加担した「アホフェミ連」たちは、差別解消も社会への訴えかけも、望んではいないのだ(少なくとも私にはそうとしか思えない)
ただ「虐げられた私たち」(勿論、そこには実際の過去の被差別体験や、中には性暴力被害者のトラウマが起因しているのだろうが)だけが集まって、過去のトラウマを解消するかのごとく、次から次へとターゲット
を叩いては、共闘幻想に浸るだけで、その次が無い。
ベルクもだから、たまたま、そのターゲットのひとつになっただけに過ぎない。
勿論、そのターゲットのなかには、叩くべき敵も多く居た。
しかし、少なくともベルクは敵ではない、むしろ、店長副店長ご夫妻はお互いを別姓で呼び合い、しつこいナンパから女性客や女性従業員を守り、それこそ、女性一人で安心して飲めるお店を作っている。
けれど、その反省も無く、というより、もはや事実はどうでもよいのだ。
ベルク以降、次から次へと興味のターゲットを買えては、またぞろ炎上騒ぎを起こしてはいるようだが、少なくとも、彼女らの中で(当事者であるfにしても)ベルクのことなんぞ、キレイさっぱりと忘れているのだ。
だから、笙野頼子氏は周回遅れもはなはだしいのだ。
本来、この作品に向けたかったであろう読者は、もうベルクのことなんぞ、なんら興味も関心もない。
それが証拠にツイッター上でも、これを取り上げるのは、デマ消しに懸命になったアカウントの人たちばかりで、「笙野先生、よくぞ書いてくれました」というベルク叩きの女性軍の口には見事に上っていない。
結局、この作品でやっていることは、一度収まったデマを、再び掘り越しているだけのことなのだ。
、
笙野氏は、ブログも書けないほどの機会音痴ということだ。
どうやら、岡和田晃氏の話を小耳に挟んで勝手に思い込んだらしい。
あまりに不誠実だ。
フィクションとはいえ、実際にあったことを書くのなら、最低限の検証は必要ではないだろうか?
いくら機械音痴であっても、せめて自分なりにパソコンをググり、いくつかのまとめで双方の意見を事の経過くらいは調べるべきではないのか?
そして、地方在住では難しいかも知れないが、せめて一度はベルクに足を運ぶと良い。そのくらいは取材費で出ないのか?
一度でも店に行ってみれば「閉鎖的で意地の悪い、文壇バー」という自身の思い込みが、どれほど的外れか解るだろう。
しかも、この作品、ベルクの店、店長氏のみならず、デマ消しに当たった人たちに対してもデマを振り撒いている。
ネットの匿名アカではないのだ。
名のある文学者が、大手出版社から発行している権威ある文芸雑誌に掲載してるのだ。
フィクションだから?
実名を出してないから?
だからといって、許されるんだろうか?
あまりにもリテライシーが無さ過ぎる。
小耳に挟んだネットのデマを無責任に垂れ流すのが「文学に出来ること」なの?
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