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2018年11月18日06:04

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夏の一日    6

不動産の取引主任者の資格試験まであと一週間に迫っていた。
度々、図書館で俺と美樹は一緒に勉強した。

そして、俺は、だんだんと彼女に惹かれていく自分を自覚した。

試験も無事終わり、結果は。
二人とも不合格だった。

まったく、あんなに勉強したのにな。
11月の肌寒い日曜日、コンビニで買った温かい肉まんを公園のベンチで二人頬張りながら、俺は宅建の試験に悪態をついた。
くすくす、と横で美樹が笑う。
でも、一緒に勉強出来て楽しかったですよ。ありがとうございます。
ああ、だめだ。素直で可愛い美樹が眩し過ぎる。
これで終わり?
えっ?
きみが柳を凄く好きなことは知っている。
だけど、最後に一緒に夕飯でも食べない?試験の打ち上げとして。
打ち上げ?
だめならいいけれど。同士として。
同士?

彼女は同士という言葉が気に入ったらしい。
気がつくと、夜の鍋のお店の中。一緒に熱い鍋をつついていた。
きみさ、柳に申し訳ないなんて思ってる?
え、いえ、だって仁科さんとは、同士でしょ。
同士か。確かに。でもなんか淋しい。おいおい、友人の彼女だぞ!
分かっている、だけれど。

仁科さんて、最初はちょっと怖い人かと思ったけど、違ったんですね。
横で美樹が微笑む。
なんていうか、あたたかい人。
俺は箸を止めて彼女を見た。そんなふうに人から言われたことはなかったから。
恭子も香織もそんなふうに俺を形容したことがなかったから。

店を出たのは9時近かった。
割り勘て約束だったのにほとんど払ってもらっちゃって、ごちそうさまでした。
ああヤバい!完全に好きになってしまった。
じゃ、ここから一人で帰れますから。おやすみなさい。

気がつくと、美樹を抱きしめていた。
!?仁科さん?
ごめん。本当に。でもこのまま帰したくない。
…………。
す、好きになった。きみが。迷惑だって分かっているけど、どうしようもない。
だ、だめですよ、私には柳さんが。
俺は身体を離して美樹を見つめた。
柳は、こんなことしないだろ、してくれないだろ?
そう言い終わってすぐにそっと口づけてみた、その柔らかな唇に。
だめ!
美樹は身をよじって、俺の腕の中から離れた。
そして潤んだ声で訴えた。
私、柳さんが何もしてくれなくても好きなんです!
好きなんです!
だけど、

彼女は潤んだ目で一瞬遠くを見つめてささやいた。

叶わない恋にも疲れたかも

おやすみなさい!

駆け出していく彼女を黙って見ているしかなかった最低な自分がそこにいた。
なんで俺はいつも欲望の赴くままなんだろう。
いつもだ。恭子のときも香織のときも、そして今も。

平日が始まり、美樹に詫びを入れた、以前教えてもらったアドレスに。
当然返信など来なかったけれど。
あの楽しかった日々を自分の欲望のせいで台なしにしてしまった。
しかし、俺は最後に美樹が言った言葉が耳にこびりついていた。
彼女は、疲れているのだ、柳との関係に。
だって柳はなんて言ったと思う?俺に。
彼女との関係をクリーンにするって言ったんだ。
それじゃそれじゃ余りにも美樹が可哀相だ。

人は。
みんな報われない感情に縛られて日々生きているのだろうか。
柳は俺を好きで
そんな柳を美樹は好きで
その美樹を俺が好きになった

とんでもない三角関係。
泥沼だ。

気がつくと、俺は柳のアパートの前まで来ていた。11月も終わろうとしてる秋の夕暮れに。
チャイムを鳴らすと柳がいた。
仁科!?
久しぶりだな。
上がってよ。
ん。

俺の一番の友人。でも今は恋敵だ。

柳はいつもより疲れて見えた。
でも俺はそんなことはどうでもよかった。
何もかも、はっきりさせたかった。
残酷にもそうしないと、明日の朝日が見られない気がしたから。

あのさ、偶然美樹も一緒の宅建の試験の勉強してて、図書館で居合わせて。
しばらく一緒に勉強してた、試験は二人とも受からなかったけど。
そう。
柳は気のない返事をした。俺は続けた。
率直に話す。俺美樹のこと好きになっちまった、ごめん。
ふっと柳が笑った気がした。

仁科だったのか、あいつの新しい相手って。
え?
先日、美樹から言われた。別れて欲しいって。
!まじ!?
最初戸惑ったけど、彼女も気のない僕と付き合うのに疲れたんだなって解せた。
思い通り?なんて言うと残酷だけど、そうなったのに、何故か心が晴れなくて。
それが仁科だったなんて、またそれも試練だな。
そうじゃないよ!俺は美樹と両思いじゃない!一方的に好きになったの!
彼女はフリーになって少し考えたいんじゃないかな。
そうなんだ。
彼女言ってたよ。叶わない思いに疲れたって。
………悪いことしてたな。
まったくだ!あんないいコ、あとにも先にも知り合えないぞ!
まぁお前にとっちゃそれでいいのかも知れないけど。

いや、僕は最低なやつだよ。
今頃かよ。

ふふっと柳が笑った。
仁科らしいな。ストレートで。
まあな。とにかく、美樹が好きだけど、この思いは浄化したほうが良さそうだな。
ついでにさ、お前の俺への思いも浄化させてくれない?じゃなくちゃ昔のようにお前と付き合えないよ。
……そう、だよな。
ああ。
そのあと、二人とも黙ってしまった。
俺には柳が何を考えているのか、そのあとはまるで分からなかった。
晩秋の夜。


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