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2018年11月12日22:54

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器用不器用

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俺は今、福島のとある温泉街で、貸切温泉に浸かりながら、ビールを飲んでいる。

温泉に浸かりながらビール-------
幼少時にみたテレビ番組の記憶から、温泉というのは頭に手ぬぐいをおいて、丸盆に乗せたお銚子で酒を飲みながら浸かるものだと思っていた。
当時ガキだった俺はお盆にバヤリースオレンジを乗せて、伊豆の温泉に浸かったものだ。

あれから30年以上が経過し、今はお酒はもちろんバヤリースオレンジを持って入浴なんてことすらまず許されないようなルールの多い社会になってしまった。
事故を見越したコンプライアンスだか水曜のカンパネラだかのお陰で、世間は厳しくなり続けており、そのうち路上で尻をかいた首途で逮捕され裁判もなく死刑になる人も出るだろう。
そんな世紀末より世紀末めいた管理社会で飲む温泉ビールのうまいことうまいこと。ははは。快哉快哉。

さて、いつ次の話が出るんだという催促のメールがたくさん届いたので、仕方がない。紅葉を眺める代わりにiPhoneの小さい画面を眺めようぞ。

今日は器用不器用と言うことに論じたいと思う。シャレではない。

40にもなるとそれはそれはたくさんの人を見る。否応無く。

気づくのは、あるルールを金科玉条とばかりに思考停止して信じるもの、また一顧だにせずシカトするもの、あえて破るもの、破る気は無いんだが周りや自分の都合に押し流されて破ってしまうもの、どうしたって逸脱してしまうものなどがいることだ。

世間というのは、皆さんの都合の集合体であるので、誰かの都合だけでことを推し進めると、下流工程の者が割りを食うシステム。理想的には、人々は遠慮したり、忖度したり、調整したりして、その負担が下流工程の人に行き過ぎないように気を使っているべきなんだが、先に述べたルールを一顧だにせず破る人というのがいて、これはその活動指針から集団内ではガンと呼ばれたりするわけだけど(主に上級職のものに多いが稀にプロジェクトメンバーレベルにいることがある)、この人の周りにいる人が、先に述べたルールを破る気は無いんだが周りや自分の都合に押し流されて破ってしまう人だったりすると、「ああもうあかん。次の人にパス」と安直にやってしまい、大抵の物事にはスケジュール、お尻というものがあるため、誰かがその仕事にかけるべき時間を適切に割かなかったり、温めてしまったりすれば、その業務圧力は物凄いパワーとなってルールを破らない真面目な人に降りかかってくる。常人で捌き切れなくなってしまった化け物的な圧の仕事を短時間でこなすのは至難で、彼は必死の抵抗の中で自滅してしまうのだ。

そうならないために、適切なタイミングで、手を抜いたり、防いだり、分散したり、という防御力を身につけ、事象に対応して行かなければならない。これを指して器用さをという。

こういうことは学校で明言的には教えてくれないため、集団生活で割りを食っていた勉強のできないものや、何かの理由で集団に馴染めなかったものは、経験的にそのことを察知し、爆弾や地雷を避ける器用さを身につけて行く。
だがずっと中間層だった「普通の人」や、ルールを一顧だにしないアウトローは、その攻撃を交わせてきたため、防御力はおろか、反撃する攻撃力も素早さも培っていない。
そして社会に出た途端、そのツケをし払わされることになる。
集団というのは残酷なものでそうした身を守る術を持たないものを見つけると集中的に全てのパスをそこに放り投げるようになる。会社という幅広い年齢層で形成された集団であればその加速度は一層増す。
共通の敵を作ることが、戦争を回避する有効な手段だからだ。
鈍臭いアイツを生成することで、平和は保たれる。

俺は生まれながらに器用だったわけではない。だから、不器用な人間を庇うことはない。俺が学生時代に払ってきたツケを彼らは払ってるだけなのだから。俺はそのくだらない戦争に加担することはないが、集中砲火のパスでボコボコになってる人を冷ややかに眺めて「お疲れ様です」とオフィスを後にする。
そして、温泉でビールを飲みながら、明日は100円ショップでお銚子セットとお盆を買うぞーとテンションをあげるのだ。
そんな俺は残酷なのか。
いや違う。器用なだけなのだ。
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