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2018年10月23日13:40

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内閣総理大臣たる安倍晋三に「言論の自由」はない―山田健太著『沖縄報道―日本のジャーナリズムの現在』から

■沖縄県知事選での玉城氏の圧勝は、翁長知事が生んだ「自公連携」の“終わり”の始まり
(HARBOR BUSINESS Online - 10月23日 09:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=219&from=diary&id=5343304

「本書を通じて見えてくることは、沖縄報道は日本のジャーナリズムの写し鏡であり、沖縄は日本の民主主義のリトマス紙であるということだ。あるいは逆に考えれば、沖縄から日本のいまが見えるのであって沖縄ジャーナリズムこそがその境地に立つ日本を救うことができる可能性を秘めていると思う。」

上記は、山田健太著『沖縄報道―日本のジャーナリズムの現在』(ちくま新書)の最後に書かれた一説である。わたしはこの山田健太氏の考えにとても強く説得性を感じた。

沖縄報道に関しては、沖縄の米軍基地問題をめぐって、日本本土からは�猜个辰討い覘瓩箸��狡戮垢戮�だ�瓩箸いθ�言が盛んに言われている。しかし本当にそうだろうか。�猜个辰討い覘瓩里蓮�沖縄地元紙ではなく、政府寄りの日本本土の報道機関ではないのかという思いを強く持ちようになっていた。

�爍横娃隠暁�に名護市で起きたオスプレイ機事故を報じた新聞各紙の見出しは、「不時着」「大破」「墜落」とそれぞれニュアンスが異なる言葉を使用していた。ここには、各紙の「沖縄か本土か」「政府寄りか沖縄寄りか」という立場の違いが反映されている。このような沖縄と本土の意識差は近年、「溝」「対立」から「分断」へと深刻化している。本書では、沖縄現代史と今日の沖縄が抱える問題を踏まえた上で、このような状況を招いたメディアの現状と、それを生み出す構造を解き明かす。��

という本書の内容説明を見て、この山田健太著『沖縄報道―日本のジャーナリズムの現在』を購入して一読したいと思うに至った。実際にこの山田健太著『沖縄報道―日本のジャーナリズムの現在』を読んで、現在の沖縄報道が日本における報道機関、ジャーナリズムにとっての�犲未袈性瓩任△襪茲Δ忙廚┐燭里澄�

沖縄の米軍基地問題をめぐっては、基地反対運動を行っている人たちに対して、次のような�爛妊洵瓩�ネットのなかで飛び交っている。

「ネットによる沖縄ヘイトの拡散とリアル化により、ネット上による《神話(誤解)》の拡大と雑誌・出版・地上波への拡大が同時並行で進んでいる。そして、沖縄イメージの固定化が広がっているということだ。それは、メディアの偏向、過激派・プロ市民による反対運動、地元住民は基地に賛成、沖縄県民は利己主義中国の脅威を意図的に無視−といった、いわば《デマ》及びそれに近い言説である。」

そのような�爛妊洵瓩紡个靴董�健全なジャーナリズムとして行うべきことは何なのか、山田健太氏は次のように書かれている。

「こうした言説に沖縄地元紙が、まじめにきちんと反証することが、主張が強いメディアというイメージをさらに強調らしているという悪循環を生んでいる。だからこそ、この輪を断ち切るらはジャーナリズム全体の協力が必要だ。この点に主義主張は関係がない。ジャーナリズムの信頼性を取の戻すため、自らの存在意義を確保するための基本動作の一つだからだ。それは、自らの自由を確保し社会的機能としてのジャーナリズムを社会認知させるために不可避なものでもある。」

わたしは、この山田健太氏のジャーナリズムがとるべき行動こそが、日本のジャーナリズム業界の�犒鯀瓦記瓩鯤櫃弔海箸里茲Δ忙廚┐討覆蕕覆い里任△蝓△爾劼箸眛�本のジャーナリズムにはこのような行動をとってもらいたいと思うのである。

この山田健太著『沖縄報道―日本のジャーナリズムの現在』を読んで最も注目したのは次の一文である。

「この首相発言(および首相発言を持ち上げる委員会議場の雰囲気)と、これに対する大手メディの対応は重大な問題を孕んでいる。まず首相派は、一貫して自分には《言論の自由》があると繰り返し主張し、国会の葉で特定の報道に反論することが少なくない。報道の中身について事実関係が違うのであれば、報道そのものではなく報じられた事案関係について指摘をすることはありえよう、しかし、報道の中身の事実関係と報道したメディアを日は名することは意味が異なる。/想像すれば簡単にわかる通り、国会の場で、報道のありようを議論するということは、その報道の良し悪しを公権力が判断することに他ならないのであって、国会として可能な限り避けなければならないことだからだそしてもう一つ、国会を含む国は、市民的自由である表現の自由を保障する立場であり、国(そして総理大臣)に表現の自由は保障されているのではないのである。/国会審議に密接に関係する個別の報道内容について言及することは場合によってあり得ようが、審議事案に関係ないことを含めて、特定メディア媒介の報道内容について総体として言及することは、否定であっても賛同であっても、まさに公権力による報道機関に対する介入そのものである。したがって、国会議員なかんずく総理大臣としては許されない行為であり、ましてや今回のような捏造を断定するような強い批判は、議員としての国会内の自由の発言の領域を逸脱するものであろう。」

少し長い引用となったが、山田健太氏がここで問題としているのは、従軍慰安婦問題の�犁氾直攜性瓩鯤鵑犬芯�日新聞に対する、内閣総理大臣たる安倍晋三の、国会における答弁である。安倍晋三は何かにつけて�狡�日新聞�瓩箸修亮厂召鮃餡颪療�弁で語っている。そりは内閣総理大臣たる自分にも�犖析世亮�由�瓩�あるという考えによるものなのである。

しかし山田健太氏のここでの指摘にわたしは驚いた。山田健太氏は次のように指摘している。

�犢餡颪魎泙犢颪蓮∋毀嬰�自由である表現の自由を保障する立場であり、国(そして総理大臣)に表現の自由は保障されているのではない��

つまり内閣総理大臣たる安倍晋三には「言論自由」はないことになる。したがって安倍晋三の国会審議における�狡�日新聞�瓩汎団蠅諒麁撒ヾ悗亮駄召魑鵑欧独稟修靴燭海箸蓮↓狷団螢瓮妊�ア媒介の報道内容について総体として言及することは、否定であっても賛同であっても、まさに公権力による報道機関に対する介入そのもの�瓩任△蝓↓犢餡餤聴�なかんずく総理大臣としては許されない行為�瓩任△蝓↓爐泙靴討篋2鵑里茲Δ勉埖い鮹把蠅垢襪茲Δ紛�い批判は、議員としての国会内の自由の発言の領域を逸脱するもの�瓩世函�厳しく糾弾しているのである。

その他、沖縄の地元報道が�狹椶蠅諒麁鮫瓩噺世錣譴襪里蓮�沖縄が明治維新前後から現代に至るまで、日本国から受けて来た《苦難の歴史》によるものだということ、あるいは原発と沖縄が並べられてよく語られているが、山田健太氏は原発は�狠聾欺嗣韻琉媚廚罵驚廚靴燭發劉瓩任△襪里紡个靴董�沖縄の米軍基地は�狠聾欺嗣韻琉媚廚亡愀犬覆�無理やりに押し付けられ、土地を奪われたもの�瓩箸いΠ磴い�あるとしっかりと指摘されていることに、わたしは注目した。

米国の大統領であるトランプは自分に気に入らない報道を�爛侫Дぅ�・ニュース�瓩世斑把蠅垢襪海箸�多く報じられている。しかし日本はどうだろうか。安倍晋三や政権に気に入らない報道、沖縄報道をめぐっていえば、日本本土にに住む日本国民に気に入らない報道を�爛侫Дぅ�・ニュース�瓩世斑把蠅靴討い觀晃�が多く見受けられる。しかしそれは、わたしたちは報道機関を信頼していていいのだろうか。

山田健太氏はその著『沖縄報道−日本のジャーナリズムの現在』(において�牴�縄報道は日本のジャーナリズムの写し鏡�瓩任△蝓↓牴�縄は日本の民主主義のリトマス紙である�瓩世箸いΑ�わたしはこの山田健太氏の論説に強い説得力と納得性を感じた。沖縄県内にある�犒�法九条の碑�瓩呂泙気砲海慮世Δ海箸鬚錣燭靴妨譴蠅�けているように思われるのである。

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