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2018年08月15日07:57

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学生のころアルバイトをしていました。

都立某高校定時制の宿直のアルバイトです。
一泊して、見回りや施錠以外の仕事はなく、勉強し放題で、当時の金で6000円くらいもらえました。いいバイトでした。
その前に、同じような仕事を公立中学でやったことがあり、「いい人だから」と、教頭先生が紹介してくれました。

「いい人」もなにも、その教頭先生とは、数言話をしただけです。
(余談ですが、人間関係はそういうものですね。他人からいい話を紹介してもらったことが何回もありますが、親友的な人より、そういう少しだけ知っている方から話が来ます)

勤務して発見だったのは、
食事がうまかったことです。
中には、貧しくて一食という人もいて、給食が貴重な食料だったようです。
もちろん、栄養士が監修しています。

また、緊急連絡先があり、職務上見ましたが、同じ企業が並んでいました。
話によると、町工場らしいですが、そこの社長が篤志家であり、母子家庭で妹弟がたくさんいて困っているような若者を雇用しているそうです。

そこに勤めている生徒は、いい服を着て登校していました。自分で稼いだ金です。
高校生というより、いい意味での大人が多かったと思います。

「あのころはいつもお祭りだった…」
という語句から始まる、勤労少女のキラキラした青春を描いた
パヴェーゼ『美しい夏』を思い出しました。
(集英社版の「世界の文学」の帯の記述が、印象的です。
あの決定的に美しい夏を経過してしまったジーニア…ファシズムの嵐が吹き抜ける中で愛と裏切りと梅毒で結ばれた少女たちの青春。)
パヴェーゼの文学世界から、不健康なものを脱色して弱めた本音の青春があったのではないでしょうかと想像します。

年配の方もいたようです。

巡回のときに板書がチラッと目に入りました。
非常に簡単でした。

恐らく、
ワケアリの人
成績が悪くて定時制しか入れなかった人
の二層に分かれていると思います。

「まるで大学」というのは、よくわかります。
普通の生活では、まず、知ることが出来ない社会を知ることが出来ます。
復員して散々苦労した、中学校もろくに出ていないお年寄りや、
自分が集団就職して苦労したからと、貧しい若者を雇用する社長と。
生徒たちは、高卒資格を取る以上の素晴らしいものを得て、卒業したことでしょう。

むしろ、今の大学に欠けているものですね。
学生は金太郎飴。教授は、内容より業績点数を稼いだ人。バイトはくだらない飲食。学園祭はタコ焼きの屋台…

いい大学とは何か…という問題を反照しているように思います。

■「ヤンキー」消えた…夜の定時制高校は今 入学前の評判は悪いけど、まるで大学?給食も 最年長は22歳
(ウィズニュース - 08月15日 07:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=220&from=diary&id=5244957

今は、どうでしょうか。
中退者などワケアリは、高認(昔の大検)があります。
問題は、腰を抜かすほど簡単です。
地理は円グラフが描かれ、その中から「第三次産業の従事者の割合が最も多いところを選べ」というグラフの読み取りの問題が出るとか(地理ではなく、算数ではないか!)

高認が易化した裏に、定時制を整理して予算を削減する意図があったとしたら、哀しいです。
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