昔、作州の山奥に、一人の年寄りがおったと。
「人生五十年というけど、わしゃ正月で九十にもなってしもうた。卒寿じゃいうて、みんなは言うてくれる。
村の内では一番の年寄りじゃ。ひとつ死に土産に、津山の町をもういっぺん見て来ようか。鶴山城
を拝んでおかにゃ死ねんけえ」
そう言って津山に向けて出かけて行った。いまと違うて、歩いて行くんじゃけえ、時間がかかる。
腰に弁当
とわらじをつけて、ぼつぼつ歩いて行きよったら、向こうから腰の曲がったお爺さん
がやって来た。
「お爺さん、この道を行きゃ津山へ行けますなあ」いうて道を尋ねたら、そのお爺さん、耳
が遠かったもんで、自分の名を聞かれた思うて、
「わしゃ仙満(せんみつ)いうんじゃ」と答えた。年寄りは、〈千三つか。わしゃ九十で大年寄りじゃ思うとったが、世の中にゃ千三つにもなるもんがおる。どえりゃあ年寄りじゃ
〉と思った。
また向こうへ、向こうて行っとったら、烏帽子(えぼし)をかぶり、変わった着物を着て、腰に太鼓を付けたもんに出会った。大分歩いたので、どこまで来たか聞こうと思うて尋ねた。
「こかぁどこかいな?」聞かれた者も、耳
が遠かって、名前を聞かれた思うて、
「わしゃ万歳の才蔵じゃ」と答えた。年寄りは〈さっきは千三つじゃったが、今度は万歳じゃと。まあ、世の中にゃ年がいったもんが、おるもんじゃ
〉と、びっくりしておった。
しばらく歩いて行くと、杖をついて荷物
を背負うたお婆さんがやって来た。相当の年寄りなんで、そばにおった人に、
「あの婆さん、なんぼうなら?」いうて尋ねた。聞かれた人は、何をしとるのかと聞かれた思うて、
「あの婆さんは、質ぅ置く婆さんじゃ」と答えたのじゃ。質屋に品物を置きに行っとったのじゃな。
「七億の婆さんじゃと
千三つや万歳どころじゃない
七億とは気が遠くなるわい
津山の町に行こうと思うたが、これだけ長生きしとる者に出会うたから、死に土産などと言うてはおれん
わしも、これからじゃ
元気を出さにゃいけんわい
」
といって、年寄りは、急に元気になって、村に急いで
帰って行ったと。
ちゃんちゃん
参考:岡山の民話より
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