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2018年08月07日12:58

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スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ

超今更ながらDVDで『スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ』を見ました。


前評判は高く、しかし蓋を開けたら真っ二つに賛否両論。
主に長年のシリーズファンほど怒り狂い、そこそこの付き合いをしてきた層には「言いたいことはあるけどその心意気や良し!」といった感じに受け取られているように見受けられます。

レビューを見聞きするたびに自分はどちら側になるのだろうかと、結構楽しみにしておりました。



以下具体的にネタバレしますのでご了承下さい。
未見でそんなに興味はないけど何がそんなに賛否両論なの?と気になってる方は自己責任でお願いします。
















まずはざっくりと今回の物語の構図を整理してみます。

・ファーストオーダーから逃げる反乱軍
・敵艦のコード破りが出来る人物を探すフィン&新キャラローズ
・ルークに助けと教えを請うレイ

大体この三本のドラマが同時進行していきます。
そしてこの三つがどれも上手く行かず、反乱軍はほぼ壊滅、ルークは退場、そして公開前に亡くなってしまったキャリー・フィッシャー演じるレイア姫だけは生き残るという、製作的にもどーすんの?という中で物語は終わります。

ではトピックごとにまとめてみたので、一個ずつ振り返ってみましょう。
順番はあまり整理出来てないです。



・逃げる反乱軍について

前回の『フォースの覚醒』ではファーストオーダーが完全にドジっ子集団だったのに対し、今回は反乱軍が全面的にドジっ子要素を引き継いでしまっているため、全体的に乗れなくなっている気がします。

具体的に言うと、反乱軍の中で撤退作戦を巡って対立が起きるのですが、ちゃんと意思疎通を図っていれば何も問題が無い話なのに上官がそれをしません。
しない理由も特にありません(内部にスパイがいるから、という理由付けくらいは示しても良かったと思います)。
結果、単独行動に出た主人公チームがやらかしてしまい、作戦は根底から覆ってしまいます。

そして、大損害を引き起こしてもその本人及び周辺にあまり悲壮感がないためお前らテキトーか?としか思えません。

そもそもこういうのは一個一個を上手く積み上げていって、最後の最後で失敗や裏切りがあってこそ怒りや悲しみを共有できると思うのですが、ハナから問題ありきなので自業自得でしかないという。
自業自得なのでファーストオーダーがいかに脅威的なのか、という話にもならないので何のカタルシスも生じ得ませんよね。



・フィン&ローズの冒険

現状、無駄骨どころかやらない方が良かった冒険でした。
当初探していた人物ではなく、たまたま出会ったどう見ても怪しい人物に作戦の行く末を託した結果、あっさり裏切られて反乱軍を壊滅に追いやります。
この「何の裏付けもない怪しい人物に託して裏切られる」という展開、いりますかね?
最初から「信頼出来ると思っていた人物に最後の最後で裏切られてしまった」の方がスマートだし分かりやすいし、意外性もあると思うのですが。


まぁ、それでも個人的には世間で言われているほどにはこのパートでイライラすることはなかったのですが、前述の通り「やっちまった!」演出が乏しいので釈然としないところがありました。

もっと気になったのは舞台となるカジノの星。
実生活にカジノがない日本人としては、たとえ異星のものとはいえカジノってあんなイメージなんですよ。
それって物凄く平板ってことで、ぼんやりイメージのカジノから一歩も踏み込めてないんです。
異星感が全然無くて、もろにカジノでカジノらしいゲームをしてるところしか見せてくれないのは結構ガッカリでした。

あと色々物議を醸しているローズさんについてはまた後述しようと思います。



・ルーク、そしてレイ

今回の不評・激怒要因の根幹にあると思われるのがやはりルークのあり方だと思います。
ルークに愛着があればあるほど、受け入れがたいのは無理もない話でしょう。
そもそも演じているマーク・ハミル自身が今回の脚本に相当難色を示していたそうですし。

エピソード6で偉大なる父を乗り越えたルークが…最後まで父を信じ、ライトセーバーを自ら投げ捨てたルークが、まさかの弟子殺しをしかけていた。

ファンが怒るのも無理からぬ話です。
ただ、今作の監督ライアン・ジョンソンをちょっとだけ擁護すると、ルークは前作のドタバタの中でも我関せずを決め込んでいた(感知出来ない状況に自ら置いていた)わけで、それより以前に何かしらの瑕疵があったことは明示されていたわけです。
ルークを軽んじやがって!というならば、それはJ.Jエイブラムスも同罪なんじゃないかな、とは思います。

ちょっと話が逸れました。
結局、大した師弟関係も築けぬままにレイはルークの元を離れ、カイロ・レンを暗黒面から救おうと敵地に乗り込みます。
そして登場するスターウォーズ新章の『ラスボス』スノーク。
強大な力に圧倒され、自由を奪われるレイ。

「お前たちの意識を繋げたのはワシだ!」
「お前たちの考えは全てお見通しだ!」
「さぁ殺せ!今すぐレイを殺せ!その姿がワシには見えるぞ!!」

と、未来を見ていた割に傍に置かれたライトセイバーは見えなかったようで、カイロ・レンに不意を突かれ、スノーク死亡。

花京院もびっくりの「バカな!?呆気なさすぎる!」具合ですよ。
全部お見通しだったんじゃないんかい。
直前まで超強い奴演出してたのに。
ただの馬鹿だったってこと?
そもそもお前、何者だったんだよ?
6と7の間で何をどうしてファーストオーダーを作り上げたんだよ?
皆が当然の如く疑問に思っていたことを、全部抱えて死に果ててしまいました…。

この後のレイとカイロ・レンの共闘はこの映画の中で一番盛り上がったシーンではありましたが、直前のノイズがデカすぎた気がします。
レイは相変わらず大した修行描写も無かったのに強いしね。


で、今回の物語の焦点となる「レイは何者なのか」ということについて。
ここは良かったと思います、表面的には。

結局、レイは何者でもなかったというオチ。
特別な両親から産まれた救世主ではなく、名もなき民としての両親に酒飲み代のアテとして捨てられた子でしかなかった。

自らの境遇を憂いて夕陽を見つめる『ただの青年』だったルークが、いつの間にか『銀河の行く末を担う血筋の末裔』にスライドしたことで、血統を巡る神話になってしまったスターウォーズ。
原点に戻そうとするならばこの設定は良かったと思います。
血統を背負うカイロ・レンとの対比にもなるし。

ただ、前作でレイの過去についての思わせぶりな幻視シーンがあったと思ったのですが、その辺はどうなるのでしょう。
少なくとも今の段階では辻褄が合わなくなってしまったと思います。
こんな素人のリレー小説みたいな感じで良いんでしょうかね?



・クライマックスについて

籠城戦を強いられる反乱軍を追い詰めるファーストオーダー。
窮地に駆けつけるレイ。
そして突如姿を現わすルーク。

集中砲火を受けても全く動じないルークに、一対一の決闘を挑むカイロ・レン。
しかし、ルークに光の刃は届かない。
そして戦いの果てにカイロ・レンは気付く。


目の前のルークは実体ではない。


実はカイロ・レンが戦っていたのは遠く離れた地からフォースを通じて投影されていたルークの幻影でしかなかった。
これにより逃走の時間を稼げた反乱軍の生き残りはレイの助けもあって撤退に成功。

全てをやり遂げたルークは、あの時と同じように夕陽を見つめたまま、この世から静かに姿を消すのであった…。




…と、一見綺麗に終わった風なのですが、私は正直戸惑いました。
最後の「ジェダイ忍法・惑星間影送りの術」が命懸けで繰り出す大技にはとてもじゃないけど見えなかったからです。

え?死ぬの?と。

だって、別にルークが余命幾ばくもないとか病に侵されてるとか、この技はヤバいとかそんな描写はなかったし、絵的にも凄いのか凄くないのかよく分からないし、それに何より今作の結構序盤の方でもっとインパクトのあるフォースの使い方をしちゃってるんですから。

これも散々言われてますが、レイアが爆風に飲まれて宇宙空間に放り出された際に、フォースの力で真空状態からの帰還を果たすくだりがあるんです。
フツーに。
ゼログラビティのジョージ・クルーニーのように。
逆シャアのクェスのように。

え?フォースってそんなことも出来るの?
そもそもレイアってそんなにフォースを使いこなせてたの?
江田島平八はフォースの使い手だったの?


世界中の誰もが等しく抱いた疑問だと思います。
もちろん何のフォローもありません。
あまりのやり過ぎ感に笑うか顔をしかめるか。
私は当該シーンを見ていた時は前者だったのですが、遡ってナシだと思うようになりました。
だって、ルークが命を賭してやったことより余程凄く感じられてしまうのだから。
理屈はよく分からないけど、少なくともそう見えてしまいますよ。
しかもこうまでして生き長らえたレイアにその後さしたる見せ場も無いので何のためのビックリ芸だったのかよく分かりません。

そして完璧超人ことレイは修行の成果として反乱軍の逃げ道を阻んでいた『岩をフォースで持ち上げる』…って、だからバランスがおかしいんだってば!
とっくにフォース市場はハイパーインフレ起こしてるんだから、そんな小銭投げつけるような描写をクライマックスに置いてるんじゃねーよ、と。
これじゃ全然ピンと来ないよ。

終盤に差し掛かってからのテンションの下がり方はちょっと酷いと思います。
一応、最後の最後には前述のとおり「この物語は血統の話ではなく、名もなき人々の希望となる、開かれた伝説である」ということを印象付けるシーンが描かれて、それはそれで良いんだけど…。

勝手な憶測ですが、このラストの描写がやりたかったがために、逆算して無理くりな脚本になってしまったんじゃないかと思えて仕方がありません。
しかも今回の希望の残し方というのは新三部作の最後を飾る際に用いるべきものであって、ブリッジとなる今作でねじ込むにはあまりにも違和感があります。

確かにスカイウォーカー家の血の争いから物語を解き放つことが出来たのは個人的にも良いと思います。
それを成し遂げただけでも評価するべきという気持ちも無くはないです。
ただ、何も終わっていない途中の段階で「そしてまた新たな伝説が始まる」みたいなこと言われても、それはイイからまずは事の顛末を語ってからにしろよ、としか思えませんでした。
特に今回は主人公サイドのやらかしが多かったのですから、次作で落とし前をつける展開になるのは目に見えているわけで、それを待ってからでも遅くはなかったのではないでしょうか。
もしくは今作で反乱軍に一切の希望を残さない終わり方…それこそ主要人物たちが誰一人生き残らないくらいのカタストロフがあったならば、それを以って一区切りとするのも納得できたのですが。



・ローズ問題

公開後、新キャラのローズ及びローズを演じたケリー・マリー・トランさんは大バッシングを受けることになりました。
エピソード1の時のジャージャー・ビンクスを思い出させます。
さしたる活躍もなく、華もなく、その割にかなりの尺を割いて描かれるので無理からぬ話だと思います。

まぁ、ハッキリ言ってしまえば容姿についての言及がついて回るのも、そりゃ仕方ないんじゃないの?というのが正直なところです。

それにしたって、SNSを閉鎖に追い込むほどの個人攻撃をする連中に対しては100対0でアンタらが悪いよ、と思います。

思いますが、その次に悪いのは監督だとも思います。

繰り返しになってしまいますが、今作は「選ばれし者たちの神話」という構造を破壊しようとしています。
ローズについて、市井の人々でも神話の担い手足り得るということを描くための配役だと、監督自ら語っていました。

その意図は分かります。
しかし、意図云々よりも大事なことが抜け落ちていると断言したい。

それは『ケリーさんの魅力を全く活かせていない』ということです。


まず、劇中の彼女は一部を除いて終始辛気臭い顔をしています。
もちろん無理からぬ事情はあるのですが。


映画を観終わってから色々と感想を漁っている中で、役としてではない女優としての彼女の写真を見つけました。
ご存知ない方はちょっと見てみて下さい。

https://matome.naver.jp/m/odai/2151567735386635601

…どうでしょう。
自分としては『チャーミング』を絵に描いたような素敵な笑顔だと思うのですが。

普段どんな演技をしているのかは知りませんが、写真一発で魅力的に見える彼女のチャームを果たして今作は描こうとしていたのでしょうか?
もしくは、それを殺してでも表現したいキャラクターの魅力を描けていたのでしょうか?

容姿がどうとか国籍がどうとか、そんなことは関係ないんですよ。
全然魅力的じゃない、その一言に尽きると思います。

別に美男美女だけに神話を語る権利があるなんて言いません。
普通の人々には普通の人々なりの戦い方・戦わせ方があったはずなのに、ローズという役はそれを意識していたようにはどうにも思えないのです。


…以下完全に余談ですが。

かつてマーヴルスーパーヒーローズvsストリートファイターという格闘ゲームにテレビ番組とのタイアップで木梨憲武がデザインしたキャラクターが登場するという、今考えてもどうかしているとしか思えない企画がありました。
そこでデザインされた憲磨呂というキャラクターは、まぁコントで木梨憲武が演じそうなバカっぽい学生のような様相なのですが、そのデザインについて
「ゲームのキャラクターは美男美女が多いからこういうノリがあっても良いと思った」
…みたいなことを言っていた気がします。
これも言わんとすることは分かります。
しかし、キャラクターというのは美男美女でないといけないからそうしているわけではなく、魅力的に感じてもらえるようにしているからそうなるだけであって、じゃあ憲磨呂に補って余りある魅力があったかというと、見た目に反した大仰な技名とかコミカルな動きとか、まぁベタだし2戦目に入る頃には飽きてるようなネタばかりだし、そもそも世界観壊すしで私は大嫌いでしたね。

…以上、余談でした。



・ポーグについて

「物語に一切絡まない、可愛いだけのいるだけ要員」ということは言うまでもないのですが、それより謎なのがチューバッカとの関係性です。

ポーグはペンギンとハム太郎が悪魔合体したような外見で、ルークのいる星に割とたくさん住んでます。

で、チューイはこのポーグを丸焼きにして食べようとするのですが、傍らで仲間のポーグがふるふると震えながら
「…タベルノ?タベチャウノ?」
と、「どうする!?アイフル」的に視線で訴えかけてきて、見んじゃねぇよ!…と、まぁそんなやり取りがありまして。

監督曰く、この後チューイは結局ポーグを食べなかったそうですが、どういうわけかその後ポーグはチューイに懐いてファルコン号に乗り込んでしまいます。
はて、どこに懐く要素があったのでしょう?
食べなかったとはいえ(それも劇中では描かれてないけど)目の前で仲間を丸焼きにしてるんだよ?
普通、怖くて近寄らないんじゃない?
それとも、関連書籍として発売されているチューイとポーグが主役の絵本を読めばその辺がフォローしてあるのでしょうか?
そうだとすると、いよいよもってグッズ展開のためだけのキャラってことになるのかな。
それはキャラクターとしてどうなんだろう、売り出そうとする意図だけが目に見え過ぎて、ちょっと品が無いように思えます。





…さて。
相当長々と書き連ねてきましたが、どう贔屓目に見ても私は『賛』にはなれませんでした。

考えれば考えるほどに荒が目立つし、そもそも見終わった時点で全く物語に入り込めていなかったし、作品に込められたメッセージを事後的に伝え聞いても、絶賛評を読んでも聞いても
「でも結局面白くないよね?」
と、心の中で言い返してしまう自分がいます。

型破りなことが悪いのではなくて、型の破り方が雑過ぎるのが問題なんだと思います。

例えるならば、長年に渡って愛され、増改築を繰り返してきた老舗旅館を、ただ無頓着に重機で破壊して、跡地にピカピカのドアだけ作って現代アートでござい…と言われてるような感じでしょうか。

前作でリフォームの下地は出来ていたのだから、あとは新館を築くだけで良かったのに、破壊にばかり腐心した結果(しかも雑)、次への扉を次作に向けて開け放っただけの作品になってしまった気がします。
もちろん、次作で遡ってアリとなる展開もあるのかも知れませんが。


そもそもの問題として、毎作監督が変わることで三部作としての一貫性が担保されていないのはどうなんでしょう?
現状、無茶な伏線の投げ合いを監督間でしているようにしか見えないので、そんなもんに付き合わされるファンは本当に気の毒ですよ。
最終的にJ.Jエイブラムスがケツを拭く羽目になったという点は愉快ですが。


ただ、好きでもない映画に対してここまで感想を吐き出させてしまうのもスターウォーズゆえなのかも知れません。
そこは自分でも意外でした。
ファンではないとか言いながら、結構な熱を持っていたんだな、と。
賛否それぞれの意見をぶつけ合わせる素材としては申し分ない内容だったのだと改めて思い知りました。
本編見るより色んな感想を眺めてる方がよっぽど楽しかったです。


「早く次が見たい!」という欲求はほぼゼロなのですが、内容的にも制作的にも、そして興行的にもこれからどうなるのか、という点については興味があります。
スピンオフ作品のハン・ソロが大コケしたことを受けて、今後のスターウォーズ展開については過度な期待をせず、ニヤつきながら「さぁ、どうすんの?どう落とし前つけるの?」と、意地悪に座して待つのが良いんじゃないでしょうかね。

個人的には年1のペースを崩してでもクオリティを維持した方が良いと思います。



以上、私の個人的な感想でした。
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