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2018年06月14日13:24

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��166.H30.6.14投稿  「 その時すべきことは何でしょう 」

��166.H30.6.14投稿 
「 その時すべきことは何でしょう 」
 
東日本大震災を経験した人の多くが
地震や津波に対してとても敏感になります
大きな揺れが来る前
地鳴りの段階で「来る!」と身構えます
 
日頃から命を守るために
心や物の備えは欠かせませんが
いざ その時となった場合
皆さんはどのような行動をとるのでしょうか
 
7年前の3月11日
小学6年生だったうちの娘は
学校に迎えに行ったおじいさんの車に待機していました
高台に避難済みということもあり
強い緊張の中でも安心してしまったのでしょう
車の中で履いていた靴を脱いでいました
 
気持ちがゆるんでしまったその時に
大津波警報!大津波警報!の声で
靴下のまま 雪でぬかるんだ山の斜面を登り
途中 木にしがみつきながら
「 おかぁさん 足しゃっけぇ(足が冷たい)」
その言葉で
私は初めて娘が靴を履いていないことに気付きました
 
病院が機能しなくなる
このまま足を切ったりしたら大変なことになる
凍傷になったらどうしよう
 
足から ドロドロになった靴下を脱がせ
どこもケガをしていないかを確認し
娘を背負った私のジャンパーのポケットに
冷たい足を突っ込み 何度もさすりました
 
不思議なものです こうして書いているうちに
あの日から失くしていた私の記憶が蘇ることもあります
今 思い出しました
 
娘を背負って さらに登ろうとしたとき
「 おかぁさん 重だいよ 
  大丈夫だがら 裸足で登れっから! 」
そう 確かに娘がそう言い
「 大丈夫だ! 大丈夫だ! 逃げっと! 」
私はそう答え山を登ったのです
 
今この記事を書く私には
あの日の山の斜面の匂いと津波の匂い
ぬかるんだ土をつかむ感触が 確かにあるのです
 
そうですね きっと祖母も今の私のように
自分が体験した津波を思い出し話してくれたのですね
頭で理解しているつもりが
本当に「つもり」でしかないことを
このように何度も痛みとともに思い知らされます
 
祖母が津波の体験から
宮城県沖地震があった時にも話してくれていました
「 いづ逃げるようになっかわがんねんだがら
  警報解除になるまで 靴 脱いでわがんねど 」
そう言って玄関の上り口に腰かけて待機させられ
津波警報が解除になるまで上げてもらえませんでした
そして警報が解除になっても
「 まだいづ揺れっかわがんねんだがら
  すぐ靴はげるように ちゃんと揃えでおげ 」
「 逃げだら 次 いづご飯食えっかわがんねんだがら
  腹減んねように ぎっつり食っておげ 」
 
このように教えてもらっていたのに
私は自分の娘に教えていなかったのです
「 解ったつもり 」を口に出さずに自分で留め
その結果が娘のはだしでの避難に繋がってしまいました
 
小さなことと思われるかもしれませんが
「 安全が確保されるまでは靴を脱がない 」という
たった一つの行動でさえ
知っていなければできませんし
例え知っていても伝えなければ
私のような結果を生んでしまうのです
 
今日は書き込んでいるうちに
失くしていた記憶のために手が止まり
書こうと思っていたことをすべて書き込めませんでした
申し訳ありません
避難中は靴を脱がないという話題になってしまいましたが
どうぞ 皆さんも様々な場面を想像してみてください
靴に限らず その時にすべきことが
まだまだたくさんあるのです
 
また 別日に落ち着いた状態で
改めてこの話題に触れたいと思います
 

いつも沢山のシェアをして頂き有難うございます
出来る限りシェアしてくださった皆様に
お礼のコメントを入れさせていただくのですが
設定上こちらからコメントできない場合があるようです
大変失礼ながらこの場にてお礼を申し上げます
今後ともどうぞよろしくお願い致します_(_^_)_
 
             #語り部佐藤麻紀
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