今日、豊里の前の家の近くにある耳鼻咽喉科クリニックに行く。
事前の予定では、午前9時30分にヘルパーが迎えに来てくれる予定になっていたが、10分待っても、15分待っても何の音定もない。
�爛�イオイ、どうしたんだ��
と思って、ヘルパー事務所電話をかけると、社長の弟なる例の男性が電話にてできて、わたしが
「今日の9時半に耳鼻咽喉科クリニックに連れて行ってもらうことになっているはずのだが・・・・・・・・・・」
というと、
「今は、誰もいないし、そういう話は聞いていない。」
という返事だったので、
「じゃあ、もう少し待ってみます。誰かが来てくれるかもしれないし」
と、言って電話を切った。
10時15分を過ぎても誰も来てくれない。しびれを切らせてもう一度減る事務所に電話をかけるが、今回はだれも出ない。困ったなと思って、障害者相談支援センターに電話をして、担当者に今日の予約の件を話す。担当者は、
「一度わたしの方からヘルパー事務所に電話をかけて、折り返し〇〇さん(わたしのこと)に電話をかけるように話しておきます」
と言って電話を切った。その後、また20分ぐらいが経過して頃、アイホンが鳴って、社長の弟なる例の男性が迎えに来てくれた。
しかしその途中で、
「自分はなにも聞いていない」とか「なんでこんな目に遭わなければならないのか」とか「次の病院へのお迎えは遅刻だ。言い訳はどうしよう」とか、愚痴を聞かされながら、耳鼻咽喉科クリニックに連れて行ってもらった。
彼のそのような愚痴に思わず、
�爐修譴呂△鵑燭了�務所内のコミュニケーションの悪さだろ。俺に何をしろと言うんだ��
と思いながら耳鼻咽喉科クリニックに連れて行ってもらった。そして彼は、
「11時過ぎに代わりのヘルパーが来るので」
と、わたしを一人、そのクリニックに残して、次の�狠拗鎰瓩靴辛賊,妨�かって行った。
わたしは毎月月末に次の月のひと月分のスケジュール表をヘルパー事務所の社長に渡している。つまりヘルパー事務所はわたしのひと月の予定が分かる。だったら事前にこの日は悪いので別の日にしてほしいということを言ってもらえる。むしろそのためにわたしはひと月分のスケジュール表を渡している。しかしそのことの意味は全くないではないかと思い、帰りのヘルパーにわたしが、
「毎月渡しているスケジュール表は必要ないのかね」
と思わず言うと、そのヘルパーは、
「そんなことはない。こちらとしてもひと月のあなたの動きを把握しておきたい」
とは言っていたが・・・・・・・・・・・・。
そのヘルパーに事務所の所長に電話をくれるように言っておいた。
帰宅後、障害者相談支援センターに電話をかけて、クリニックに向かう間に愚痴られたことを話した。その彼の愚痴はわたしにとって気分の悪いものであったという話をした。担当者もそうだろうねと言ってくれた。
わたしが気になったのは、その彼の対応である。利用者のわたしが言っても何らアクションを起こそうとはしなかった。しかし障害者相談支援センターの担当者が言えば、すぐにお迎えのというアクションを起こした。彼にとっては利用者であるわたしと障害者相談支援センターの担当者都の�爛僖錙璽丱薀鵐広瓩鮃佑┐討修里茲Δ淵▲�ションを起こしたのだろう。
しかし障害者相談支援センターの担当者が彼に話したのは、�爐垢阿坊泙┐帽圓鵜瓩箸いΔ海箸任呂覆�、�爐發Π貪戞∋�務所の現状を電話で伝えるべきだ�瓩箸いΔ海箸任△辰拭�つまり彼がとるべきアクションとは、わたしを迎えに来ることではなく、11時過ぎになれば手の空いたヘルパーができるのでそれからでもいいかと打診することだったのだ。そうすれば、わたしは耳鼻咽喉科クリニックに受付時間を問い合わせることもできたのである。
彼の取ったアクションは、二重の意味で利用者であるわたしの気分を害した。一つは事務所内のコミュニケーション不足という愚痴、もう一つは利用者であるわたしと障害者相談支援センターの担当者との�爛僖錙璽丱薀鵐広瓩砲�けて行動したということである。
彼にとって介護の仕事は、�狠韻覆觝邏鉢瓩任△辰董↓狄佑箸靴匿佑噺�き合う仕事に従事している�瓩箸い�自覚が欠如している。しかしそういう自覚の欠如した人がこの介護の仕事に多く従事しているというのも、この国の現実なのである。だから介護施設での�猴�用者虐待�瓩箸いΕ縫紂璽垢�多いのだ。そしてもう一つは処遇の悪さもあるのかもしれない。わたしは、そのような事実に直面させられた気がした。
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