メモします。全文引用は気が引けますので、部分のみ。
@DIME編集部さん、ありがとう。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180104-00010002-dime-life
◆
(略)
“健康で文化的な生活”を送っていながらもどうして幸せを感じられないのか? 注目すべき考察がいくつか発表されている。
■アメリカ人の7つの不幸のタネ
(略)
経済系オンラインジャーナルの「Market Watch」では、現在のアメリカ人が日々の生活に不満である要因を7つ指摘している。
○物価上昇に賃金が追いついていない
○処方薬の量が増えている
○スマホ中毒になっている
○国民の半数がストレスを抱えている
○金持ちや有名人の生活を目にすることが増えた
○ゆっくり休んでいない
○不健康である
■“残念な人”の特徴6
きわめて不幸で残念な人に共通する6つ習慣を「Spirit Science」の記事が指摘している。“残念な人”の特徴をこの機会に確認しておいても無駄ではないだろう。
○被害者意識
自分には運がなく常に被害者であり犠牲者であると自己憐憫する人々がいる。同情を買うことで周囲と繋がろうとし、不幸の“タネ”が尽きないように無意識のうちに不幸を呼び込んでいる。
○不平不満を愛している
不平不満をたらたら述べることを実は愛している人々がいる。不幸な体験や問題についての不服を誰かに聞いてもらうことでいったんは気分が収まるため、根本的な問題解決への取り組みが行なわれないのだ。
○批判を極度に恐れている
相手が何を考えているのか、誰しもある程度は気にするものだが“残念な人”は極度に気にしすぎている。そして自分に対する批判的な意見を受け入れないため、コミュニケーションが成立しなくなり、孤立することでますます不幸になる。
○ゴシップを愛する
自分の生活に満足が感じられないことの反動で、幸せに見える有名人の生活に訪れた不幸を詮索することに生きがいを感じるようになる。
○連続ドラマ好きである
連続ドラマのストーリーは往々にして主人公に次から次へと問題が降りかかってくるのだが、その展開を“残念な人”は自分に重ね合わせることができるためこの種のドラマが大好きである。
○人と繋がりたいが孤立している
“残念な人”は人一倍他者との信頼関係を築きたいと望んでいるのだが、傷つくことを極度に恐れているために安定した友人知人関係が保てずに結果的に孤独に陥る傾向がある。
このように“残念な人”は自ら不幸を招き入れるようなネガティブなサイクルに陥っている。自分にも当てはまるものがないのかどうか、一度検討してみてもよいだろう。
■人生を狂わせる3つの「不合理な期待」
(略)
アメリカの臨床心理学者、アルバート・エリスが1955年に提唱した心理療法が理性感情行動療法(Rational emotive behavior therapy、REBT)である。この療法を開発するにあたってエリスは、必要のない不幸を生み出している3つの「不合理な期待」を特定している。
●「たいていのことはうまくできる」という自分への期待
あまり挫折体験のない多くの人々は自分自身に高い期待をかけているといわれ、この認識が強ければ強いほど失敗したときのダメージが大きくなる。もちろん1度や2度の失敗で認識が揺らぐことはないだろうが、何度か続くことですっかり参ってしまい、一転して自己嫌悪、自己卑下の傾向が強い性格になり“残念な人”になる。
●「常に正当に扱われる」という他者への期待
もちろん特別な事情がない限りすべての人は公正に扱われるべきだが、現実は必ずしもそうでないのはご存知の通りだ。それまで公正に扱われるのが当然の学生生活を卒業し、社会人になった時にこの“権利”を大きく踏みにじられる思いを経験する人も多い。そしてこの経験を重ねて精神が落ち込むと共に“敵意”も生まれ、有名人の不幸を喜ぶような“残念な人”へと通じる道が拓けることになる。
●「いわれのない苦難や逆境に向き合う必要はない」という人生への期待
自分は何も悪いことはしていないのに、ある時人生に苦難や逆境が訪れてきたとすれば確かに理不尽だ。そんな苦難や逆境は対処しなくても良いものだと考えても不思議ではない。さらに進んで自分の望むモノや結果がすぐに手に入ることが当然という認識のままに社会に出る人も少なからず存在するだろう。そのような人はきわめて逆境に打たれ弱い存在であるとも言え、そのダメージで“残念な人”になるケースもある。
(略)
文/仲田しんじ
@DIME編集部
◆
(超耳)
元記事からだいぶ端折りましたので、ご興味のある向きはぜひ元記事をご参照いただきたく存じます。
つねづね私自身が指摘しているような項目も多かったのですが、気づかずにいたものもありました。
>○連続ドラマ好きである
>●「たいていのことはうまくできる」という自分への期待
なるほどそういう見方もあるのだなーと思いました。
連続ドラマは、自分の「渡る私は不幸ばかり」という人生を肯定してくれる重要なツールなのですね。自分の目にかけ続ける魔法の外部MPタンクというところでしょうか。
JRPG(日本製コンピュータ・ロールプレイングゲーム≒一本道シナリオの自由度のないゲーム)が一部に受けがいいのも似たような事情があるのかも。JRPGは私も遊びますし、JRPGを好むことが即、残念な人の条件を満たすなどということもないと考えます。一応、念のため。
>○金持ちや有名人の生活を目にすることが増えた
考える力に乏しくて他人の顔色を伺うタイプの人格には、このことは不幸をしか呼び込まないでしょうね。このこと事態は不幸とは逆のベクトルを持つこと間違いないのですが、人格・能力の貧弱さが不幸のタネにしてしまう。
ちょっとおもしろかったです。
耳が痛い指摘も多々ある記事だと思います。
他人の話だとして聞いていられるうちになんとかできたらいいですよねー。
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