mixiユーザー(id:62927979)
2018年04月15日16:09
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ブラックホール発電所の検討（フェルミ推定）
一週間くらい前だったか、日経サイエンス2018年5月号の「暗黒物質特集」を（だいたい）読んだ。
暗黒物質の正体として3通りの仮説と、その検証方法の記事が載っていた。アクシオン説、原始ブラックホール説、ステライルニュートリノ説である。一般的な科学雑誌の読者はどうだか知らないが、SFファンとしては原始ブラックホール説に一番興味を惹かれる。他の二種類の仮説についてはさっぱりイメージが掴めない。これらをどう料理すれば私好みのネタが生まれるかは、グレッグ・イーガン辺りに考えてもらうしかなさそうだ。
（以下、本文が長すぎて字数制限をオーバーしたので、補足説明を★で表し、コメント欄に示す）
さて今回の記事で気になったのは、銀河系には予想以上に大量のブラックホールが存在する可能性がある点だ。これらは恒星進化の産物ではなく、ビッグバン直後の密度ゆらぎ（★1）が局所的に大規模な重力崩壊を引き起こす事で生成された。と日経サイエンス記事は書いている（★2）。
記事によるとその質量は太陽の1/100から1万倍まで非常に広い幅がある。通常の恒星進化でこれほど多様な質量のブラックホールが生まれることは考えられない。大質量ブラックホールの方は普通のブラックホールが合体することによって作られ得るが、超新星爆発から生まれるブラックホールの質量は太陽の1.45倍が下限（★3）であり、太陽の1/100の小質量ブラックホールが生じる機構は現在の理論では他に考えられないので、発見されれば原始ブラックホールの実在が証明される事になる。
まっとうな天体物理の話はこのくらいにして、以下アブノーマルな話題に移ろう。私が興味を惹かれたのは、ブラックホールの数が従来考えられているより多いのなら、人間が利用する事が可能にならないかということだ。
この事は記事を読んだ時すぐ頭に浮かんだが、雑事に紛れてしばらく放置していた。しかし土曜の昼間、放送大学の「太陽と太陽系の科学」をぼんやり見ていたら「ブラックホール発電」という単語が目に飛び込んできた。こんなネタが出てくるとは、放送大学もさばけてきたものだ。（★3.1）
という訳で、せっかく放送大学が後押ししてくれたのだから、動力源としてのブラックホールについて少し考えてみようと思った。
ブラックホール利用法の話題は福江純『ブラックホールを飼いならす！』（★4）に詳しい。ブラックホールからエネルギーを取り出す機構には大きく分けて、重力の利用と量子論的効果の利用の二通りある。福江著の表現だと、前者が「重力発電」、後者が「量子発電」となる。
最初の重力発電は分かりやすい。ブラックホールに物質を落下させると、位置エネルギーが運動エネルギーに、ついで熱エネルギーに変換されて、最終的には電磁波の形でブラックホールの表面（の近く）からエネルギーが放出される。これを利用しようという訳だ（★5）。
第二の量子発電はホーキング放射の利用だ。理論的に難しい割にこちらがよく知られているのは、Scientific American誌に発見者のスティーヴン・ホーキング自身が分かりやすい紹介記事を書いたからである（★6）。ホーキングの説明を見てみよう。
放射を理解する1つの方法は次のようなものである。量子力学によれば空間のすべては、たえず対で物質化し、分離した後に再び接近して互いに消滅する、“仮の”粒子と反粒子の対で満たされている。これらの粒子は、“実在”の粒子と違って粒子検出器で直接観測できないところから“仮の”と呼ばれている。それでもなお、それらの間接的な効果は測定可能であり、その存在は、励起した水素原子からの光のスペクトルに生じるわずかな偏移（“ラム・シフト”）によって確認されている。さてブラックホールの近くでは、一対の仮の粒子の片方がブラックホールの中に落ち込み、消滅する相手がないままに他方が残されてしまう。見捨てられた孤独な粒子あるいは反粒子は相手につづいてブラックホールに落ち込むかもしれないが、無限遠に脱出し、そこでブラックホールによって放たれた輻射のように見えることがありうる。…
こうして量子力学によると、古典力学では許されない、ブラックホールの内部から粒子が脱出することが許される。（★7）
という訳でブラックホールは粒子を放出する。古典力学的にはブラックホールは真っ黒でなければならないが、ブラックホール近傍では量子論的効果が巨視的に分かる形で現れるということだ。要するにブラックホールは光っている事になり、エネルギーを放出して次第に軽くなっていく。これをホーキング放射という。
この具体的計算はホーキングの最初の記事には載っていないが、福江著には書いてある。それによるとブラックホールの放射の強さは質量の2乗に反比例する（後述）。したがって軽いブラックホールほど強く輝く事になり、それだけ多くのエネルギーを失う。すなわち質量を失う。という事はブラックホールは軽くなればなるほどますます激しくエネルギーを失っていくことになるので、ある程度以下の質量のブラックホールは最終的に消滅してしまう。
この消滅に要する時間（ホーキング時間）は、ブラックホールの質量をMとしたとき、
で与えられる。（★8）
超新星爆発で生まれる典型的ブラックホールの質量は太陽の十倍程度とされている。そこでM/太陽質量＝10とおくと、典型的ブラックホールのホーキング時間は6.7×10^70年となる。宇宙の寿命よりはるかに長い時間である(と思う)。
では、実際に消滅するブラックホールの質量はどのくらいになるのか。これはt を宇宙年齢として解けばいい。宇宙が今後どのくらい続くのかはまだ確実には分からないが、要は現在の時点でブラックホールが観測できるかどうかが問題なのだから、ビッグバンから137億年後の現代までに消滅していなければいいわけだ。よってｔ＝1.37×10^10年とすればいい。したがって、
という計算になる。太陽質量は2×10^30�圓覆里如�
となる。すなわち、
質量1億トンより軽いブラックホールは現在の宇宙には存在できない。
ということになる。（★9）
以後、この質量１億トンのブラックホールを元にして考えていく。
ここで基本的な事を片づけておこう。このブラックホールの大きさはどのくらいになるか。ブラックホールのシュワルツシルト半径をＲとすると、
で表される。c は光速度である。(★9.1)
つ まりブラックホールの半径は質量に比例するという単純な結果になる。この計算は簡単だが、万有引力定数が入っていて面倒なので、福江著の数値を引いて、後は比例で求める事としよう。
通常の恒星進化で生じる１０太陽質量ブラックホールの場合、シュワルツシルト半径は30�劼砲覆�(★9.2)。よって太陽質量なら3�劼函△い燭辰憧蔽韻傍瓩瓩襪海箸�できる。
質量１億トンの場合、シュワルツシルト半径は
となる。
原子核の直径がだいたい1フェムトメートル（10^-15m）だから、このブラックホールの直径は原子核の1/3くらいしかない。アーサー・Ｃ・クラーク『地球帝国』(1975)にブラックホール“ノード”を動力源にする宇宙船が出てきたが、そこでも「ノードは原子核より小さい」という台詞があったものだ。なるほど合っている。(★9.3)
さて、ブラックホールのホーキング放射は質量が小さいほど強くなる。したがって軽いブラックホールほどエネルギー源として有効ということになるが、他方でブラックホールの重力を利用するには質量が大きいほど有利である。どちらの利用法がいいか迷うところだが、この点も福江著に書いてあった。
「ブラックホールの質量が約4000万トンのときに、重力発電の効率と量子発電の効率が等しくなる。そのときの出力は、約2300億ｋＷである。」(★10)
ということだそうだが、既に分かったとおり、質量4000万トンのブラックホールは既に蒸発してしまっていて、この宇宙には存在しない。よって利用可能な最小質量のブラックホールでも、量子発電より重力発電の効率が良い事になる。
そうするとわざわざ量子発電を考えなくてもよさそうだが、重力発電のためにはブラックホールに積極的に物質を落とす必要がある。ブラックホールを地球表面に置いておくのは安全とはいえないから、ブラックホールに落とす物質を宇宙に運んでやらなければならない。これはこれで経費がかかる事である。一方、黙っていてもブラックホールはホーキング放射で光るのだから、このエネルギーだって無駄にする手はない。どの程度使えるか見積もってみよう。
ホーキング放射の強さは、
となる。(★11)
ただし式の定数は、なぜか福江著のページによって若干の違いがある。こういう事があるから困るのだが、ここではフェルミ推定、即ち桁で計算する程度で考えればいいので、あまり気にしないでおこう。
そこで四捨五入して数値を丸めてしまい、
として計算すると、質量10^11�圈�1億トン）のブラックホールの場合、
となる。つまり約4000万キロワットである。
標準的な原子力発電所の出力が100万キロワット程度なので、ブラックホール一つで原発40基分の電力を得る事ができる。
これがどのくらいの電力か。日本の原発総数が40基で（ほとんど停止中だが）総発電力約4000万キロワットである。
https:/
そこで、これを日本が使用する総発電力に等しいとすれば、
ブラックホール1個の量子発電で日本の全電力をまかなう事が可能である。
ということが分かる。なるほど、ホーキング放射は侮れない。
このようなブラックホールは非常に明るく輝いているということが（直観的に）わかった。では実際にどう「見える」のか考えてみたい。
ではそのプロセスをもう一度、もといホーキングの最初の記事をまた見てみよう。
当時筆者は、量子力学に従うとブラックホールの近くで物質がどのようにふるまうのかを研究していた。……当時だれもが考えていたように、ブラックホールはなにものも放出することはできない、という断言を筆者は受け入れていた。そこで、なんとも困ったこの効果を取り除く努力を重ねたが、どうしても除去できず、ついに受け入れざるをえなかった。結局これが実在の物理過程であると筆者が納得したのは、流出する粒子が厳密に熱的なスペクトルをもっているためであった。すなわちブラックホールは、まるでその表面重力に比例し質量に逆比例する温度をもつ通常の高温体であるかのように、粒子と輻射をつくって放出するのである。(★12)
天才の肉声が伝わってきてなかなか味わい深い文章ではある。とりあえずブラックホールの放射は普通の熱輻射と見なしていいらしい。それならシュテファン＝ボルツマンの法則を当てはめることができる。つまり表面温度Ｔについて、
という関係が成り立つ。福江著によると実際は話が逆で、まず量子論的理論計算からブラックホールの温度が求められ、それにシュテファン＝ボルツマンの法則を適用してブラックホールの光度を求める、という順序になるそうだ。(★13)
福江著には導出の過程も少し示してあるが、プランク定数やボルツマン定数が入ってきて少々面倒だ。物理定数の入った計算はできるだけ避けて通りたい。そうすると、先ほどの公式からＬ∝Ｍ^-2 の関係があるから、結局、
となることが分かる。すなわち、ブラックホールの温度は質量の平方根に反比例するはずだ。
そうなるはずなのだが、困った事に福江著では、質量の−1/2乗ではなく、−１乗に比例する式が示してある。もしや誤植かと思ったが、さっきのホーキングの記事を読み返すと「温度は質量に逆比例する」とちゃんと書いてある。念のため山内氏の記事(★14)にも当たってみたが同様だった。誤植ではないということだ。
ということはこちらの考えが間違っているわけだが、無知の悲しさでどこに問題があるのかさっぱり分からない。仕方がないので福江著から天下りに示すと、
というものになる(★15)。普通の黒体輻射の式と次元が合わないので、ブラックホールに単純に熱輻射の法則を当てはめる訳にはいかないという事情は、少なくとも分かった。以後も要注意ということだろう。
さてＭに質量１億トンを入れると、
となる。よって質量１億トンのブラックホールの表面温度は100億Ｋになる。ゼットンの1兆度にこそ及ばないが、ものすごい高温だ。
では、この温度に対応する電磁波の波長はどうなるのだろう。普通の恒星の表面温度からピーク波長を求める計算はよく見かけるが、こんな超高温でも同じ式を適用していいのか見当がつかない。さっきのブラックホール温度の式の次元から考えると、軽々に判断しない方がいいだろう。直観的に言える事は、極端に短い波長であるということくらいだ。おそらくピーク波長はガンマ線だろう。
しかしそこから、ブラックホールが目に見える波長の光を出さないかというと、これも断定できない。ブラックホールに熱輻射の法則が当てはまるなら（当てはまるとして）、あらゆる波長の光が同時に出てくるはずだからだ。つまり放射の主要な電磁波スペクトルがガンマ線だとしても、放射強度がケタ違いに大きいから、放射全体の中ではごく僅かな比率でしかない可視光線の放射も、やはり強力になる可能性がある。
つまり、やはりブラックホールのホーキング放射は目に見える光を出すのではないか、というのが私の（あくまでも）カンである。今のところは、これ以上確かな事はいえない。福江著もそこまでは書いていない。福江氏に訊いてみたいところである。
考えが行き詰ったので、放射についてはこのくらいにしておく。
次に、これに重力発電を加えてみよう。やはり福江著によると、ブラックホールに質量が十分供給されていてエディントン光度で光っているとき、重力エネルギー解放の出力（エディントン出力）は、
となる。すなわち重力発電の出力は単純にブラックホール質量に比例する。こちらは計算が簡単だ。
ブラックホールの質量が1億トンのとき、この出力が量子発電の出力を上まわる事は既に見た。ただし注意すべき点がある。これはエディントン光度の場合、つまりあくまで、可能な最大限の質量がブラックホールに投入されている場合の出力である。
エディントン光度の説明がまだだった。これは元々普通の天体で考えられている概念で、天体に落下する物体の重力による力と、天体の放射する光の強さ（輻射圧）が釣り合った状態を意味する。これをブラックホールで考えると、落下する物体自身が重力エネルギーを開放して光を発する。落下する質量が大きいほど発生する光は強くなるので、やがて光の輻射圧によって跳ね飛ばされて、それ以上質量が落下できなくなる。これがブラックホールの場合のエディントン光度である。
ということは、ブラックホールに（単位時間に）落下できる質量には限界があるわけである。無限に物質を飲み込むという一般的イメージは（ここでもやはり、というべきか）正しくないということになる。
それではどの程度の質量が落下可能なのだろうか。つまりエディントン光度のときに投入される質量はどの程度か。この計算は福江著をざっと読んだところでは見つけられなかった。丁寧に読めば書いてあるかもしれないが、あくまでフェルミ推定なのだから、今わかる程度の知識でなんとか見当をつけてみよう。
放送大学の講義では、重力発電のエネルギー変換効率は10%と説明されていた。おそらくこの値はいろんな条件によって変わるのだろうが、典型的な例と今は考えておく事にする。
そうすると、質量1億トンのブラックホールがエディントン光度で光るのに必要な質量を計算すればいいわけだ。この質量をmとすれば、おなじみアインシュタインの公式により、
となりそうだ。いやちょっと待った。これだと右辺はワットすなわちジュール/ｓで、左辺はエネルギーすなわちジュールだから単位が合わない。合わせるには左辺を秒で割ればいい。つまり左辺を毎秒0.1×mc^2ジュールの出力にすればいいわけだ。それには、
とすればいい。Δm/Δtが、「毎秒投入する質量」になる。つまり時間の刻み幅Δtが1秒である。すると、
となる。両辺の単位がちゃんと合っているから、この計算でいいわけだ。したがって、
質量1億トンのブラックホールがエディントン光度で光るために必要な投入質量は、毎秒わずか0.07gに過ぎない！
こんなに僅かな質量を投入しただけで、とてつもなく強力な放射が生じるのだから、直観はまったく当てにならないものだ（計算間違いでなければだが）。しかし既に計算したブラックホールのサイズを思い出せば、ある程度の納得はできる。
つまりこのブラックホールは原子核より小さいのだから、１0ミリグラムにも満たない物質でも、ブラックホールの表面積と比べると膨大な量になる。それなら、エディントン放射になるのも分かる気がしてくる。
さっきはいきなり数値を入れて計算してしまったから、改めて公式として示しておこう。
ブラックホールをエディントン光度で光らせるのに必要な投入質量：
したがって投入質量も、やっぱりブラックホール質量に比例する。まことに簡単な結論となった。
そして、このときのブラックホール出力は、
となる。つまり約6億キロワットである。
同じ条件のホーキング放射は4000万キロワット。なるほど重力発電の方が圧倒的に有効な訳だ。こうなると量子発電は副産物程度の役割ということになりそうだ。発電に外から質量を投入する必要があるといっても、年間わずか、えーと365日×86400秒×0.07gか、ということは約2.2トン。つまり、
質量1億トンのブラックホールで最大6億キロワットの重力発電が可能であり、そのために必要な投入質量は年間2.2トンにすぎない。
しかも投入する物質は何でもかまわない。有害廃棄物を捨てるのにちょうどいいのではないだろうか。
また、日本の電力需要を4000万キロワットと仮定したから、日本の人口約1億2000万から、一人当たりの消費電力はほぼ1/3キロワットである。したがって全人類約70億の電力需要は約23億キロワット。よって、
全人類の電力需要を満たすには、質量1億トンのブラックホールが4個あれば十分である。
という結果が出た。
重力発電の出力はブラックホール質量に比例するから、質量10億トンのブラックホールなら出力60億キロワットになり、1個で全人類の電力をまかなって余りある。そのために必要な物質の投入量は年間22トンである。
うろ覚えだが、この結果はブラックホールが主要なエネルギー源となっているジョン・ヴァーリイ「八世界シリーズ」のイメージとも合っている気がする。おそらくヴァーリイはこの程度の計算をした上で書いていたのだろう。
暗黒物質の正体として3通りの仮説と、その検証方法の記事が載っていた。アクシオン説、原始ブラックホール説、ステライルニュートリノ説である。一般的な科学雑誌の読者はどうだか知らないが、SFファンとしては原始ブラックホール説に一番興味を惹かれる。他の二種類の仮説についてはさっぱりイメージが掴めない。これらをどう料理すれば私好みのネタが生まれるかは、グレッグ・イーガン辺りに考えてもらうしかなさそうだ。
（以下、本文が長すぎて字数制限をオーバーしたので、補足説明を★で表し、コメント欄に示す）
さて今回の記事で気になったのは、銀河系には予想以上に大量のブラックホールが存在する可能性がある点だ。これらは恒星進化の産物ではなく、ビッグバン直後の密度ゆらぎ（★1）が局所的に大規模な重力崩壊を引き起こす事で生成された。と日経サイエンス記事は書いている（★2）。
記事によるとその質量は太陽の1/100から1万倍まで非常に広い幅がある。通常の恒星進化でこれほど多様な質量のブラックホールが生まれることは考えられない。大質量ブラックホールの方は普通のブラックホールが合体することによって作られ得るが、超新星爆発から生まれるブラックホールの質量は太陽の1.45倍が下限（★3）であり、太陽の1/100の小質量ブラックホールが生じる機構は現在の理論では他に考えられないので、発見されれば原始ブラックホールの実在が証明される事になる。
まっとうな天体物理の話はこのくらいにして、以下アブノーマルな話題に移ろう。私が興味を惹かれたのは、ブラックホールの数が従来考えられているより多いのなら、人間が利用する事が可能にならないかということだ。
この事は記事を読んだ時すぐ頭に浮かんだが、雑事に紛れてしばらく放置していた。しかし土曜の昼間、放送大学の「太陽と太陽系の科学」をぼんやり見ていたら「ブラックホール発電」という単語が目に飛び込んできた。こんなネタが出てくるとは、放送大学もさばけてきたものだ。（★3.1）
という訳で、せっかく放送大学が後押ししてくれたのだから、動力源としてのブラックホールについて少し考えてみようと思った。
ブラックホール利用法の話題は福江純『ブラックホールを飼いならす！』（★4）に詳しい。ブラックホールからエネルギーを取り出す機構には大きく分けて、重力の利用と量子論的効果の利用の二通りある。福江著の表現だと、前者が「重力発電」、後者が「量子発電」となる。
最初の重力発電は分かりやすい。ブラックホールに物質を落下させると、位置エネルギーが運動エネルギーに、ついで熱エネルギーに変換されて、最終的には電磁波の形でブラックホールの表面（の近く）からエネルギーが放出される。これを利用しようという訳だ（★5）。
第二の量子発電はホーキング放射の利用だ。理論的に難しい割にこちらがよく知られているのは、Scientific American誌に発見者のスティーヴン・ホーキング自身が分かりやすい紹介記事を書いたからである（★6）。ホーキングの説明を見てみよう。
放射を理解する1つの方法は次のようなものである。量子力学によれば空間のすべては、たえず対で物質化し、分離した後に再び接近して互いに消滅する、“仮の”粒子と反粒子の対で満たされている。これらの粒子は、“実在”の粒子と違って粒子検出器で直接観測できないところから“仮の”と呼ばれている。それでもなお、それらの間接的な効果は測定可能であり、その存在は、励起した水素原子からの光のスペクトルに生じるわずかな偏移（“ラム・シフト”）によって確認されている。さてブラックホールの近くでは、一対の仮の粒子の片方がブラックホールの中に落ち込み、消滅する相手がないままに他方が残されてしまう。見捨てられた孤独な粒子あるいは反粒子は相手につづいてブラックホールに落ち込むかもしれないが、無限遠に脱出し、そこでブラックホールによって放たれた輻射のように見えることがありうる。…
こうして量子力学によると、古典力学では許されない、ブラックホールの内部から粒子が脱出することが許される。（★7）
という訳でブラックホールは粒子を放出する。古典力学的にはブラックホールは真っ黒でなければならないが、ブラックホール近傍では量子論的効果が巨視的に分かる形で現れるということだ。要するにブラックホールは光っている事になり、エネルギーを放出して次第に軽くなっていく。これをホーキング放射という。
この具体的計算はホーキングの最初の記事には載っていないが、福江著には書いてある。それによるとブラックホールの放射の強さは質量の2乗に反比例する（後述）。したがって軽いブラックホールほど強く輝く事になり、それだけ多くのエネルギーを失う。すなわち質量を失う。という事はブラックホールは軽くなればなるほどますます激しくエネルギーを失っていくことになるので、ある程度以下の質量のブラックホールは最終的に消滅してしまう。
この消滅に要する時間（ホーキング時間）は、ブラックホールの質量をMとしたとき、
で与えられる。（★8）
超新星爆発で生まれる典型的ブラックホールの質量は太陽の十倍程度とされている。そこでM/太陽質量＝10とおくと、典型的ブラックホールのホーキング時間は6.7×10^70年となる。宇宙の寿命よりはるかに長い時間である(と思う)。
では、実際に消滅するブラックホールの質量はどのくらいになるのか。これはt を宇宙年齢として解けばいい。宇宙が今後どのくらい続くのかはまだ確実には分からないが、要は現在の時点でブラックホールが観測できるかどうかが問題なのだから、ビッグバンから137億年後の現代までに消滅していなければいいわけだ。よってｔ＝1.37×10^10年とすればいい。したがって、
という計算になる。太陽質量は2×10^30�圓覆里如�
となる。すなわち、
質量1億トンより軽いブラックホールは現在の宇宙には存在できない。
ということになる。（★9）
以後、この質量１億トンのブラックホールを元にして考えていく。
ここで基本的な事を片づけておこう。このブラックホールの大きさはどのくらいになるか。ブラックホールのシュワルツシルト半径をＲとすると、
で表される。c は光速度である。(★9.1)
つ まりブラックホールの半径は質量に比例するという単純な結果になる。この計算は簡単だが、万有引力定数が入っていて面倒なので、福江著の数値を引いて、後は比例で求める事としよう。
通常の恒星進化で生じる１０太陽質量ブラックホールの場合、シュワルツシルト半径は30�劼砲覆�(★9.2)。よって太陽質量なら3�劼函△い燭辰憧蔽韻傍瓩瓩襪海箸�できる。
質量１億トンの場合、シュワルツシルト半径は
となる。
原子核の直径がだいたい1フェムトメートル（10^-15m）だから、このブラックホールの直径は原子核の1/3くらいしかない。アーサー・Ｃ・クラーク『地球帝国』(1975)にブラックホール“ノード”を動力源にする宇宙船が出てきたが、そこでも「ノードは原子核より小さい」という台詞があったものだ。なるほど合っている。(★9.3)
さて、ブラックホールのホーキング放射は質量が小さいほど強くなる。したがって軽いブラックホールほどエネルギー源として有効ということになるが、他方でブラックホールの重力を利用するには質量が大きいほど有利である。どちらの利用法がいいか迷うところだが、この点も福江著に書いてあった。
「ブラックホールの質量が約4000万トンのときに、重力発電の効率と量子発電の効率が等しくなる。そのときの出力は、約2300億ｋＷである。」(★10)
ということだそうだが、既に分かったとおり、質量4000万トンのブラックホールは既に蒸発してしまっていて、この宇宙には存在しない。よって利用可能な最小質量のブラックホールでも、量子発電より重力発電の効率が良い事になる。
そうするとわざわざ量子発電を考えなくてもよさそうだが、重力発電のためにはブラックホールに積極的に物質を落とす必要がある。ブラックホールを地球表面に置いておくのは安全とはいえないから、ブラックホールに落とす物質を宇宙に運んでやらなければならない。これはこれで経費がかかる事である。一方、黙っていてもブラックホールはホーキング放射で光るのだから、このエネルギーだって無駄にする手はない。どの程度使えるか見積もってみよう。
ホーキング放射の強さは、
となる。(★11)
ただし式の定数は、なぜか福江著のページによって若干の違いがある。こういう事があるから困るのだが、ここではフェルミ推定、即ち桁で計算する程度で考えればいいので、あまり気にしないでおこう。
そこで四捨五入して数値を丸めてしまい、
として計算すると、質量10^11�圈�1億トン）のブラックホールの場合、
となる。つまり約4000万キロワットである。
標準的な原子力発電所の出力が100万キロワット程度なので、ブラックホール一つで原発40基分の電力を得る事ができる。
これがどのくらいの電力か。日本の原発総数が40基で（ほとんど停止中だが）総発電力約4000万キロワットである。
https:/
そこで、これを日本が使用する総発電力に等しいとすれば、
ブラックホール1個の量子発電で日本の全電力をまかなう事が可能である。
ということが分かる。なるほど、ホーキング放射は侮れない。
このようなブラックホールは非常に明るく輝いているということが（直観的に）わかった。では実際にどう「見える」のか考えてみたい。
ではそのプロセスをもう一度、もといホーキングの最初の記事をまた見てみよう。
当時筆者は、量子力学に従うとブラックホールの近くで物質がどのようにふるまうのかを研究していた。……当時だれもが考えていたように、ブラックホールはなにものも放出することはできない、という断言を筆者は受け入れていた。そこで、なんとも困ったこの効果を取り除く努力を重ねたが、どうしても除去できず、ついに受け入れざるをえなかった。結局これが実在の物理過程であると筆者が納得したのは、流出する粒子が厳密に熱的なスペクトルをもっているためであった。すなわちブラックホールは、まるでその表面重力に比例し質量に逆比例する温度をもつ通常の高温体であるかのように、粒子と輻射をつくって放出するのである。(★12)
天才の肉声が伝わってきてなかなか味わい深い文章ではある。とりあえずブラックホールの放射は普通の熱輻射と見なしていいらしい。それならシュテファン＝ボルツマンの法則を当てはめることができる。つまり表面温度Ｔについて、
という関係が成り立つ。福江著によると実際は話が逆で、まず量子論的理論計算からブラックホールの温度が求められ、それにシュテファン＝ボルツマンの法則を適用してブラックホールの光度を求める、という順序になるそうだ。(★13)
福江著には導出の過程も少し示してあるが、プランク定数やボルツマン定数が入ってきて少々面倒だ。物理定数の入った計算はできるだけ避けて通りたい。そうすると、先ほどの公式からＬ∝Ｍ^-2 の関係があるから、結局、
となることが分かる。すなわち、ブラックホールの温度は質量の平方根に反比例するはずだ。
そうなるはずなのだが、困った事に福江著では、質量の−1/2乗ではなく、−１乗に比例する式が示してある。もしや誤植かと思ったが、さっきのホーキングの記事を読み返すと「温度は質量に逆比例する」とちゃんと書いてある。念のため山内氏の記事(★14)にも当たってみたが同様だった。誤植ではないということだ。
ということはこちらの考えが間違っているわけだが、無知の悲しさでどこに問題があるのかさっぱり分からない。仕方がないので福江著から天下りに示すと、
というものになる(★15)。普通の黒体輻射の式と次元が合わないので、ブラックホールに単純に熱輻射の法則を当てはめる訳にはいかないという事情は、少なくとも分かった。以後も要注意ということだろう。
さてＭに質量１億トンを入れると、
となる。よって質量１億トンのブラックホールの表面温度は100億Ｋになる。ゼットンの1兆度にこそ及ばないが、ものすごい高温だ。
では、この温度に対応する電磁波の波長はどうなるのだろう。普通の恒星の表面温度からピーク波長を求める計算はよく見かけるが、こんな超高温でも同じ式を適用していいのか見当がつかない。さっきのブラックホール温度の式の次元から考えると、軽々に判断しない方がいいだろう。直観的に言える事は、極端に短い波長であるということくらいだ。おそらくピーク波長はガンマ線だろう。
しかしそこから、ブラックホールが目に見える波長の光を出さないかというと、これも断定できない。ブラックホールに熱輻射の法則が当てはまるなら（当てはまるとして）、あらゆる波長の光が同時に出てくるはずだからだ。つまり放射の主要な電磁波スペクトルがガンマ線だとしても、放射強度がケタ違いに大きいから、放射全体の中ではごく僅かな比率でしかない可視光線の放射も、やはり強力になる可能性がある。
つまり、やはりブラックホールのホーキング放射は目に見える光を出すのではないか、というのが私の（あくまでも）カンである。今のところは、これ以上確かな事はいえない。福江著もそこまでは書いていない。福江氏に訊いてみたいところである。
考えが行き詰ったので、放射についてはこのくらいにしておく。
次に、これに重力発電を加えてみよう。やはり福江著によると、ブラックホールに質量が十分供給されていてエディントン光度で光っているとき、重力エネルギー解放の出力（エディントン出力）は、
となる。すなわち重力発電の出力は単純にブラックホール質量に比例する。こちらは計算が簡単だ。
ブラックホールの質量が1億トンのとき、この出力が量子発電の出力を上まわる事は既に見た。ただし注意すべき点がある。これはエディントン光度の場合、つまりあくまで、可能な最大限の質量がブラックホールに投入されている場合の出力である。
エディントン光度の説明がまだだった。これは元々普通の天体で考えられている概念で、天体に落下する物体の重力による力と、天体の放射する光の強さ（輻射圧）が釣り合った状態を意味する。これをブラックホールで考えると、落下する物体自身が重力エネルギーを開放して光を発する。落下する質量が大きいほど発生する光は強くなるので、やがて光の輻射圧によって跳ね飛ばされて、それ以上質量が落下できなくなる。これがブラックホールの場合のエディントン光度である。
ということは、ブラックホールに（単位時間に）落下できる質量には限界があるわけである。無限に物質を飲み込むという一般的イメージは（ここでもやはり、というべきか）正しくないということになる。
それではどの程度の質量が落下可能なのだろうか。つまりエディントン光度のときに投入される質量はどの程度か。この計算は福江著をざっと読んだところでは見つけられなかった。丁寧に読めば書いてあるかもしれないが、あくまでフェルミ推定なのだから、今わかる程度の知識でなんとか見当をつけてみよう。
放送大学の講義では、重力発電のエネルギー変換効率は10%と説明されていた。おそらくこの値はいろんな条件によって変わるのだろうが、典型的な例と今は考えておく事にする。
そうすると、質量1億トンのブラックホールがエディントン光度で光るのに必要な質量を計算すればいいわけだ。この質量をmとすれば、おなじみアインシュタインの公式により、
となりそうだ。いやちょっと待った。これだと右辺はワットすなわちジュール/ｓで、左辺はエネルギーすなわちジュールだから単位が合わない。合わせるには左辺を秒で割ればいい。つまり左辺を毎秒0.1×mc^2ジュールの出力にすればいいわけだ。それには、
とすればいい。Δm/Δtが、「毎秒投入する質量」になる。つまり時間の刻み幅Δtが1秒である。すると、
となる。両辺の単位がちゃんと合っているから、この計算でいいわけだ。したがって、
質量1億トンのブラックホールがエディントン光度で光るために必要な投入質量は、毎秒わずか0.07gに過ぎない！
こんなに僅かな質量を投入しただけで、とてつもなく強力な放射が生じるのだから、直観はまったく当てにならないものだ（計算間違いでなければだが）。しかし既に計算したブラックホールのサイズを思い出せば、ある程度の納得はできる。
つまりこのブラックホールは原子核より小さいのだから、１0ミリグラムにも満たない物質でも、ブラックホールの表面積と比べると膨大な量になる。それなら、エディントン放射になるのも分かる気がしてくる。
さっきはいきなり数値を入れて計算してしまったから、改めて公式として示しておこう。
ブラックホールをエディントン光度で光らせるのに必要な投入質量：
したがって投入質量も、やっぱりブラックホール質量に比例する。まことに簡単な結論となった。
そして、このときのブラックホール出力は、
となる。つまり約6億キロワットである。
同じ条件のホーキング放射は4000万キロワット。なるほど重力発電の方が圧倒的に有効な訳だ。こうなると量子発電は副産物程度の役割ということになりそうだ。発電に外から質量を投入する必要があるといっても、年間わずか、えーと365日×86400秒×0.07gか、ということは約2.2トン。つまり、
質量1億トンのブラックホールで最大6億キロワットの重力発電が可能であり、そのために必要な投入質量は年間2.2トンにすぎない。
しかも投入する物質は何でもかまわない。有害廃棄物を捨てるのにちょうどいいのではないだろうか。
また、日本の電力需要を4000万キロワットと仮定したから、日本の人口約1億2000万から、一人当たりの消費電力はほぼ1/3キロワットである。したがって全人類約70億の電力需要は約23億キロワット。よって、
全人類の電力需要を満たすには、質量1億トンのブラックホールが4個あれば十分である。
という結果が出た。
重力発電の出力はブラックホール質量に比例するから、質量10億トンのブラックホールなら出力60億キロワットになり、1個で全人類の電力をまかなって余りある。そのために必要な物質の投入量は年間22トンである。
うろ覚えだが、この結果はブラックホールが主要なエネルギー源となっているジョン・ヴァーリイ「八世界シリーズ」のイメージとも合っている気がする。おそらくヴァーリイはこの程度の計算をした上で書いていたのだろう。
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