mixiユーザー(id:157948)

2018年04月02日15:21

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いい記事でした。ゆとり教育と同じ。全体には利益だが廃止が好ましいと思います。

 自律ある個体にはゆとり教育も望ましい。また皆勤賞も望ましい。
 自律とは「強制されなくても努力する」ことと「休んだほうがいいケースでは休む」という両面に現れるので。どちらも同じことですよね。休むのも、マジメにやっている人には努力の要ることです。
 そういうケースでは、健康管理に気をつけたからよかったと認めるのは害が少ないでしょうね。

 社会全体にもいい作用をもたらすと思います。
 いい作用として、「クラス全員で皆勤賞を目指そう」なんていうバカ目標を掲げておけば指導者がラクに管理できます。半ばズル休みに近いケースの怠け者がどこにでもいますよね。それを「どうしたの、俺たちもガマンして出席しているんだから出席しようよ」と「正しい」行動に立ち返らせることができます。相互監視によってラクに管理ができる。現実には能力の低い教員はごまんといるのです。だったら全体として管理はベターな状態になることが期待できます。現実にこの作用のために未だに皆勤賞の根絶に至らないんでしょうね。
 損をするのは自律ある個体です。休むべきには休むと知っているのに全体主義に出席を強要されるので。自律の乏しい個体も同じ損をしているはずなのですが、まあ、自分で判断しないんなら損も得もない。

 でも悪い作用が懸念されますよ。
 皆勤賞を授けることで内申点が上がる期待とか、世の中にあるようですよね。逆に仕事の場合には皆勤でないと評価が下がるのでそれを恐れる気持ちもあると思います。
 ウィルス性の病気のときに(ウィルス性の感冒やインフルエンザやエボラ出血熱など)ウィルスを撒き散らす結果になる可能性もあります。無視できるほど低いわけではありません。飛行機が落ちる心配よりはずっと可能性が高いですよね。この予防のために冬場になると朝に体温測定を義務付ける学校もあるようです。数値で「○○度以上だったら休んでください」としている。
 自前の脳を使わせるのが教育では? 体温測定それ自体は悪くないですが、あまりにも脳を使わせなさすぎません?
 教育の場では、皆勤賞はナシにしましょう。
 ダメ促進プログラムになってしまうんですよね。脳を使って判断しない方がいいという負の学習をしてしまいます。判断力は四六時中使うべき、意識のある間中ずっと鍛えるチャンスを逃さないようにするべきだと思います。私たちヒト種にはそれしかないんだから。
 教師の指導力を上げましょう。適正に通学して適正に出席するのを褒めましょう。
 「当たり前」を実行することのすばらしさを教育現場で称えましょう。
 皆勤は多少の価値があります。健康管理ができている個体にとっては、幸運にも怪我をせず病気に罹患しなかったというだけの賞ですけど。皆勤とまったく同等に価値があるはずの、休むべきときに休んだ行為への賞賛を忘れて称えたいのなら、ちょっとくらいはいいかもしれませんよね。
 考えないダメ個体を増やすので教育の場にはまったくふさわしくないダメダメ賞ですけどね。

◆

■学校を休むのは悪いことなの? 小学校の「皆勤賞」に賛否両論
(Jタウンネット - 04月02日 06:10)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=241&from=diary&id=5052700

[めんたいワイド- 福岡放送] 2018年3月22日放送の「特報THEスライドショー」では、学校などの皆勤賞について取り上げました。

福岡市と北九州市の教育委員会に問い合わせたところ、現在、皆勤賞については学校の判断に任せるようになっています。

番組で問い合わせたところ、福岡市中央区の小学校では、11校中6校、北九州市小倉北区の小学校では20校中14校が皆勤賞を実施していないということが分かりました。

皆勤賞を実施していない理由として、福岡市内の小学校の校長は、「ケガや病気中でも皆勤賞のために無理をして学校に来る生徒がいる」「不登校など様々な事情でやむを得ず欠席する生徒に対しての配慮」と答えました。

街の人たちの意見を聞いてみた
では、実際に福岡の皆さんが皆勤賞についてどういう意見を持っているのかを街頭インタビューで調査しました。

【賛成】
・何かしら達成してほめられることはいいことだし、自信につながる(会社員・女性)
・少し体調が悪くても学校に行こうと思える(中学生・男性)
・自分が働いている会社にも皆勤賞がある。休まなかったらお金がもらえる(会社員・男性)
【反対】
・病気で皆勤賞をもらえなかったので納得いかないから反対(高校生・男性)
・勉強ができれば休んでもいい(会社員・男性)
実際、若い世代の方が賛成という声が多いようで、反対の中には「会社での皆勤賞は反対」という声もあったようです。

私が学生の頃は皆勤賞がありました。皆勤賞をもらうために健康に気を付けて頑張るという人もいました。健康面を気にするのであれば、一定のルールを作ればよいのではないかと思います。また、「勉強ができれば学校は休んでもいい」というコメントには、そういう考えもあるのかと驚かされました。(ライター:ぴよこ)

◆

(超耳)
 刷り込みによって均質な労働者を増やす方向には、そこそこ向いていることです。『あゝ野麦峠』でも腕のいい女工は称賛されてムリな労働が美化されている現状が描かれていましたよね。
http://www6.plala.or.jp/ebisunosato/nomugi.htm

引用はhttp://spinfo.jp/gifu/takayama/nomugitoge/から。

◆
野麦峠を越えた工女達
飛騨地方の少女たちの大半は、尋常小学校を卒業すると「口減らし」のためにも岡谷・諏訪などのキカヤ(製糸工場)へ出稼ぎに出された。
彼女達が工場ごとに列を作り、時には吹雪の野麦峠を越えていった。
峠道から転落して命を失った者もいれば、工場での激務から身体を壊して亡くなった者もいた。
12月の仕事納めになると、稼いだ1年分の給金を懐に、再びこの野麦峠を越えて故郷の飛騨へ。
中には成績優秀な「百円工女(当時は百円で家が1軒建った)」と呼ばれる娘が稼いだお金で、大地主になった家もあった。
◆

(超耳)

 質の高い、休まない労働者を生み出すためだけになら、管理がグズグズでもうまくいく方を採用したらいいんでしょう。
 でも次の時代に、そんな個体は必要とされるの? シンギュラリティが実現するかどうかはわからないけれど、ヒトの仕事はどんどん減っています。機械には絶対にやらせることのない仕事はひとつだけ。責任ある判断。私たちヒトの命や生活をどうするのかという判断だけは機械に譲ることはありません。付随して、治療だとか教育だとか、ヒトの弱点に根ざす仕事もおそらくヒトの手を完全に離れることはありません。
 加速度的に時代が進み、決して戻ることはありません。
 判断する力は最後まで唯一といっていい私たちの持ち物です。
 前の時代、あるいは今の時代にはたしかに社会全体には益のある皆勤賞です。でも個別のケースで見ると休んだ人を称える方向の賞はないし、全体主義的でダメなんです。そして未来の時代に生きる人間を作るのに不向きなんです。
 もう捨てましょう、皆勤賞。

 記者の方が中立性に気をつけて書かれていたので安心しました。
 ぴよこさんのような良質なライターさんが増えてくれるといいなあ!

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