武藤一雄先生の『ルターにおける信仰と神秘主義』という論文を読んでみたが、全く歯が立たない。
もともと武藤先生の『ルターにおける信仰と神秘主義』という論文は、上田閑照編『ドイツ神秘主義研究』(創文社)に収められている論文で、その『ドイツ神秘主義研究』という書籍は、西谷啓治先生の指導のもと月に一度のベースで行われていたドイツ神秘主義共同研究会の成果を求められたものであった。
そのなかで武藤先生はルター神学における神秘主義を�牴歛螢董璽洵瓩箸靴銅茲蠢箸泙譴燭蕕靴ぁI霪�先生によれば、神秘主義には、マイスター・エックハルト等を中心とする「思弁的神秘主義」とパウロやルターに見られるような「キリスト教神秘主義」「新約聖書神秘主義」あるいは「信仰的神秘主義」というのがあるらしい。
ルターは、はたしてマイスター・エックハルトを読んでいたら否かは定かではないが、エックハルトの弟子のタウラーは読んでいて、タウラーの神秘主義に賛同しながらも、批判的であったという。
武藤先生の神秘主義思想の根本にあるのは、やはりシュバイツァーの『使徒パウロの神秘主義』で、武藤瀬先生は白水社から刊行された『シュバイツァー著作集』でその『使徒パウロの神秘主義』を翻訳されている。そのようなこともあり、神秘主義思想を考えられるとき、つねにシュバイツァーの『使徒パウロの神秘主義』を引かれながら、議論を展開されていく。
武藤先生の論文を読んで思うことは、そのテーマに関する文献の読書量の多さである。そのテーマに関するすべての文献に目を通されているのではないかと思うほどであるが、その文献一つひとつを検証されながら、ご自分の哲学的思索を深めていかれる。その文献の引き方がとても�犖�虚�瓩派霪�先生のお人なりをよくあらわされているなと思ってしまうのである。
しかしルターと神秘主義とはなかなかわたしのなかで繋がってこない。ルターといえば、宗教改革の立役者であり、カルヴァンやツヴィングリと並ぶプロテスタントの創設者というレベルである。
ただ武藤先生によれば、ルターもパウロと同じく�爛�リストにある�瓩箸いΩ斥佞暴鼎�を置いたらしい。その�爛�リストにある�瓩箸いΩ斥佞法△錣燭靴鷲霪�先生の�狆貊蠅箸靴討寮士醢性瓩鮖廚辰討靴泙Δ里世�、わたしが『ルターにおける信仰と神秘主義』という論文を読もうと思ったのも、実は武藤先生の『宗教における「内在的超越」ということについて』という論文にあるルターの�牘�れた神�瓩箸い�神学に迫ってみたかったからである。
しかし武藤先生の『ルターにおける信仰と神秘主義」という論文には全く歯が立たなかった。そもそもルターの神学、なぜルターがカトリック教会に反旗を掲げたのか、等ということを全く知らない。そこで武藤先生がこの『ルターにおける信仰と神秘主義』でもルターと神秘主義の関係を研究テーマとしている今井晋氏の著作『人類の知的遺産26 ルター』(講談社)を古本で購入して、そこから始めようと考えるに至った。
『人類の知的遺産』シリーズは数冊持っていて、青木敬麿著『善導和尚』を読むときに、『人類の知的遺産』の『善導』で基本的な知識を得た覚えがある。わたしのルターやキリスト教に関する知識とはその程度のものであるが、まずはそこから始めようと考えている。
金子晴勇著『ルターの人間学』(創文社)を読むときも参考になるかもしれないと考えている。しかしわたしにはまだまだ勉強することが多い。そのようなきっかけを与えてくれたのは、学生時代に実際にお会いした先生方とのご縁によるものだと、そのご縁に感謝している。
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